せっかく見つけた婚約者役がいなくなる可能性を恐れたのではない。

ただ純粋に、彼女を失うことを恐れていた。


実を言うと、前から自分が美弥に抱く気持ちに違和感を覚え始めていた。


美弥に分かりやすく好意を抱いている太一を見ていると苛立つし、笑顔を見せながら久松という若い料理人の話をするのは、本気で気に食わない。

そして何より、彼女と二人きりで過ごす時間を幸せに思った。



要するに、雅春は色々なことに一生懸命で、まっすぐな彼女に強く惹かれていたのだ。

ただ、その感情は…見て見ぬふりをしようとしていた。


だが、そうもしていられなくなったのだ、と今日の一件で強く自覚するはめになった。



…もっと、自分の感情を制御するのは得意どったはずなんだが



しばらく通りを歩いた雅春は、川に掛けられた大きな橋の真ん中辺りで立ち止まる。

川の水は、日の光を浴びてキラキラと輝いている。


雅春は、一人で考え事をしたい気分の時はよくここに来る。


人々の喧騒を聞きながら、輝く水面を眺めるうちに、ようやく気持ちが落ち着いてきた。



「…行くか」



雅春は一人、深く息を吸い、来た道を戻り始めた。