「……………………………………。」

沈黙で部屋の中が静まりかえる。

……どうしよう…何か言わないと。

「…じゃあ、俺…帰るから…。」

新井くんが沈黙を破るように言う。

「あ……うん、気を付けて。」

私は、何事もなかったような態度を

とってしまった。

…ズキッ

これじゃ…彼が言った通りだ。

きれい事…。

私もきれい事しか言わない

卑怯者になってしまう…。

新井くんは、紅をそっと下ろすと

リビングを出ていった。

信じて気持ちを打ち明けてくれた彼に…

大人を信じられない彼に…

私も同じ事をするんだ…。

きれい事だけ言って、肝心な時に

保身に逃げる卑怯者。

彼を余計に、傷つけてしまった。

都合の悪い事は黙ってやり過ごす…

今までの私の悪い癖…。

こんなにも…

正直にぶつかってきているのに…。

でも、だからって…

私を好きだと言っている生徒と

デートなんかできるわけない。

「あっ…新井くん…ごめんなさい……

私……私は…っ。」

新井くんの背中に向かって謝って

理由をつたえようとすると

それを遮るように彼は話す。

「……わかってたから。」

「…え?」

「先生は、そんな簡単に…

生徒とデートしたりするような

人じゃないって…。」

え……。

「…じゃあ、何で…こんな」

「言わないなら最初から何も無いのと

一緒だから…。

その他大勢の中の

生徒の一人じゃなくてちゃんと

一人の男として見てほしかった。」

男…として?

「…え…新井くん…。」

「俺みたいな不良…

相手にされないってわかってる。

だからちゃんと諦めようと思ってた…。

でもあの日…本当に…偶然会って…

初めて、ちゃんと会話をして…

先生が俺を見てくれてて…

当たり前なんだけど…

そんな何気ない事だけで

すっげー嬉しくて、楽しかった。

先生は、俺が思ってた通り…

いつも一生懸命頑張ってて

明るくて楽しくて…

でも、たまに天然で…

行動が変な時とかあるけど

それも可愛くて…

会うたびに…話すたびに…

好きなのやめれなくなっていった。

それ以上に本気で好きになってた…。

俺、バカだから

こういう時…

どうしたらいいのかとか…

全然わからないけど…

…心が…おかしくなりそうで…

あなたが好きなんだ。

この想いを伝えないとダメ…になる。」

新井くんが私への想いを

切ない顔で話してるのを見て

胸が苦しくなる。

私……

君が思っているような良い先生じゃない。

ダメダメなんだよ……。

「…俺…こんな事言って…

やっぱ引かれた…っよな…。」

新井くんはそう言うと急に

頭を抱え込んで座り込んでしまった。

いつもクールな表情をしている新井くんが…

こんなに切ない顔して…

ありったけの気持ちをぶつけてきた。

今は、恥ずかしさからか

髪の毛をクシャクシャにして

項垂れるように下を向いている。

「…新井くん」

私は、今の彼に何をしてあげれる?

私を信じてくれた彼の為に…

逃げずに…。

…決して、それは彼に男を

感じたとか意識したわけではない…。

ただ……あの日と一緒だった。

どうしても突き放す事ができなかった。

「わかったよ、じゃあ…デートしよっ。」

気づいたら私は、そう口走っていた。

でも…あの日と1つ違うのは…

私は、逃げれなかったのではなく…

自分がそうしたかったから…。

彼の悲しみや寂しさを

ちゃんと知りたい、受け入れたい…

そう思った。