「タワーマンションって始めて入りました……凄い、綺麗」
 玄関からリビングまでが遠いし、廊下には扉がいくつもある。何よりリビングの広さに圧倒された。
 L字型のソファーに百インチはありそうな大きなテレビ。六人がけのダイニングテーブルや、なぜかマッサージチェアまで置いてある。
「ただ広いだけって感じもするけどね。もともとは父の別宅だし、新そうに見えて結構古いよ」
「そうなんですか」
 窓から眺める景色も絶景で、毎日ここからの景色を三条課長が見ているんだと思ったら、なんだかあたしには遠い世界だ。
 けれど、そのままのあたしでいていいと三条課長は言ってくれたから。凄い人なんだ、あたしももっと頑張ろう、その気持ちだけを持っていよう。
 似合わないんじゃないか、と考えたら、それこそあたしを好きだと言ってくれる三条課長に失礼だ。
「その辺座っててくれる? お茶淹れてくるから」
「あ、じゃあ手伝います」
 広過ぎてどこに座ればいいかわからず、三条課長の後に続いてキッチンへと立った。
 あまり使われた形跡がないキッチンはアイランド式で、モデルルームのように生活感がない。
「料理とかは、しないんですか?」
「ほとんど外食かな。大学の頃は作ってたけど、今は帰るのが遅くて食材腐らせちゃうんだよね。笑留は帰ってから作ってるの?」
「あたしは、週に一度か二度、休みの時にまとめて作って小分けに冷凍しておきます。帰ってから作ってたら、深夜になっちゃいますよね」
 三条課長が直接、新郎新婦と対面することはほとんどない。
 人事部管轄の人材育成課の課長だからだ。
 会うのはほとんど、人材派遣会社の社員か派遣されてきたスタッフだ。
 彼らを教育し、当日の挙式披露宴に不備がないように進めるのが仕事で、あたしの担当しているお客様だけではなく、これから行われる披露宴のすべてが頭に入っていなければならない。
 日中はスタッフの研修に、夜には人材確保や急な休みでこられなくなったスタッフの配置調整に時間を割かれる。
 プランナーの仕事ももちろん忙しいが、聞けば帰宅時間はほとんど一緒だった。
 たしかに、そんな時間から料理を作っていられない。
「三条課長は……」
「英臣、だよ」
「え……?」
「名前、言ってごらん」
 お湯を沸かしながら、ティーカップを片手に告げられる。
 あたしは思わず持っていた紅茶の茶葉を取り落としそうになってしまった。
「ひ、英臣、さん……」
「これから恋人として過ごす時間は、名前ね」
 決定事項として告げられて、あたしは慣れないことにいっぱいいっぱいだ。