電話をかけるのって、何時までなら迷惑にならないのかな。
 もっと早くに仕事を終えられるはずだったのに、飛び込みで式場見学の申し込みが一件入ってしまった。
 会社帰りに急いで来た二人だった。
 ウェディングプランナーの仕事は、お客様の予定にこちらが合わせなければならない。
 どうしても夜でなければ二人で来訪することができないというお客様も少なからずいる。
 披露宴会場にどういった花を飾るか、皿の色、テーブルクロスの色、そういった資料だけは前もってメールや郵送でお渡しすることが可能だけれど、ドレスや会場は自分の目で見ていただきたい。
 全部が全部メールや電話で決めることだって本当はできるし、時間がない人はそれを望む場合もある。
 でもあたしは、人生の大事な瞬間になるであろうことを事務手続きのように簡単に決めて欲しくはない。
 なるべく期待に添えたいと、たとえ残業になろうとも今までこなしてきた。
 けれど、今日だけは逸る気持ちが抑えられなかった。
 どうしよう、待たせてしまう。と時計ばかりが気になって仕方がなかった。そんな気持ちでお客様の対応をするのは失礼だと気を引き締めたけれど、無事終わったときにはやはり時計に視線がいってしまう。
 あたしは慌ててロッカールームへ行くと、着替えを済ませスマートフォンを手に取った。しかし時間はすでに午後十時。誰かに電話をするには遅いのではないだろうか。
 疲労の溜まる身体を引きずりながら会社を出たところで、ポケットに入れたメモを取り出す。
 こんな時間に電話していいのかな。
 でも、約束したし。
 逡巡しながらも、約束を守る方を優先する。出なかったら出なかっただ。
 ロビーを出たところにある柱にもたれかかり、緊張しながらメモの番号に電話をかけた。
 呼び出し音が鳴る間、胸のドキドキが収まらなかった。
 プツッと通話が繋がった電子音に、手のひらが汗ばむ。
「はい」
「あ、あのっ……」
「笑留、電話ありがとう。仕事終わったの?」
 電話越しでも、三条課長が今微笑んでるってわかる。
 優しく甘い声が耳に届いた。
 声だけで、あたしからの電話だとわかってくれたことに、安堵と喜びが芽生える。
「はい……遅くなってすみません。あの、三条課長はまだお仕事中ですか?」
「俺ももう終わったよ」
 話しながら駅に向かおうと、スマートフォン片手に歩き出す。
 信号待ちをしていると、大型トラックのタイヤがアスファルトを擦る音が聞こえる。
 電話口からも同じように車の音が聞こえたような気がして、辺りを見回すと突然背後から温もりに包まれて電話が切られる。
 胸の前に回された腕、見覚えのある綺麗な長い指。
「ひゃっ……」