「サビーネ、施療院の方は人手が足りているか? 足りないなら、誰かよこそうか」

 夫であるルディガーが、施療院へとやってくる。彼の姿を見て、その場に居合わせた者達全員が頭を下げた。

「陛下。人手より足りないのは物資ですよ。包帯と薬と――それと、食料庫の食料が尽きそうです。これ以上の人員を収容するのは厳しいですからね?」

 腰に手を当て、ルディガーを半分にらむようにしているのはジゼルだ。

 彼女は、サビーネの侍女としてまだ王宮にとどまってくれている。どこかに嫁いではどうかという話も出ているが、本人がその気にはなれないようだ。

 王宮の一部を解放した施療院は、戦が終わった後も、閉院されることなく続けられた。

 それは、かつて、この場所に閉じ込められていたブランシュ王妃の痕跡を違うもので上書きしたいというサビーネの願いからだった。

 いずれ、この場所は、民を愛した王妃の記憶で上書きされていくだろう。

 クラーラ院長率いるラマティーヌ修道院の修道女達は、修道院の復興が終わった後、元の場所へと戻っていった。

 傭兵としての役割は終わったものの、彼女達の手を待っている人達はたくさんいるからだ。

 トレドリオ国王夫妻と『ディアヌ王女』の亡骸は、王家の墓地に葬られ、そこには常に花が手向けられている。
 





 不器用に愛に殉じようとしたサビーネ王妃の数奇な運命については、吟遊詩人によって語り継がれ、特に若い娘達に好まれるものとなっている。

 だが、その裏に隠されたもう一つの真実、こちらもまた愛に殉じようとしたルディガーの想いについては、ノエル以外に誰も知らない。