「寝てて大丈夫って——おい、それをよこせ!」

「ふぁっ!」

 ディアヌが手に持っていたパンを、少年はひったくるなりものすごい勢いで齧り始めた。昼食を奪われたディアヌは、呆然として彼を見る。

 こんな乱暴な目に合わされるのは初めてだった。これが『追いはぎ』という者なのだろうか。

「それ、私の!」

 気が付いた時には、パンは大半が少年のお腹に消えていた。修道院の朝は早かったから、ぐぅっとディアヌの腹が鳴る。

「……あ、悪い……」

 自分より年下の少女の食べ物を奪ったということに、彼は初めて気が付いたみたいだった。申し訳なさそうに、最後のひとかけをディアヌの方に差し出す。

「ううん、いい。お兄さん、全部食べていいわ」

「ごめん……三日間、何も食べていなかったから、つい」

「いいわ。私は、ちゃんと朝ご飯食べたから全部あげる」

 空腹なのは事実だが、三日も何も食べられなかったということは、今までの人生で一度もない。ここは、恵まれない者に譲るべきだ。

「お兄さんは、どうしてここに来たの。ここは修道院だから、女の人しかいないの」

 まだ六歳なので、自分が置かれている状況を適切に説明できたとは思わない。

 だが、最後の一口までパンを食べ、指についたパンくずまで名残惜し気に舐め取ってから彼は改めて口を開いた。

「俺の名前は、ルディガー——ええと、セヴラン軍の兵士で——シュールリトン軍と戦って負けたんだ」

「……戦争?」

 それには、彼——ルディガーは、肩をすくめただけだった。ディアヌは上から下までルディガーを見た。彼は、兵士で、戦争に行っていた。そして、戦場ではなくてここにいる。

「負けたの?」

「たぶん。セヴラン王国は、シュールリトン王国に占領されるんだろうな。マクシムの首を取ってやりたかったのに」

「……それは、困るわ」

 つい、ぽろりと口から出た。