それでも、迂闊に声をかけるなんて事は
私にはできなかった。

上っ面の綺麗事を言っても、本人には
なんの慰めにもならないのだ。


それは私が一番よく知っている。

私は今、“復讐”という目的によって生きているが、彼にはそれがない。

なぜ、自分だけ生き残ってしまったかを
悲観しているときに、「生きろ」などと
いう言葉を無闇に使っては逆効果だ。


生きなければいけないことなど、本人にもわかっているのだから。


しかしそれでも、わかっていても
苦痛なのだ。

目的のない人生など、明日のことを考えられないような人生など、

人生とは言わない。

生きるとは言わない。

生きた屍でしかない。


そんな彼に、今、質問をしてもまともな
答えが出るとは思えない。

何が起こったかわからず混乱して、
心が落ち着いていない今は、何を聞いても
意味がないのだから。


しかし、
それなら、彼に“目的”を与えればいい。



「アブナー、君はなぜ、起こったことを
悲観することしかできないんだ?

仲間を殺したやつらに、復讐をしたいとは思わないのか?」



復讐によって生き長らえることを生きた屍
と言うのなら、そうなのかもしれない。


だが、目的を失っているよりもましだ。

明日のことを、ほんの数秒先の未来でも
考えられるなら、その方がずっと。



「復讐だって?
そんなもん、意味がないだろ。

じーちゃんやばーちゃんだって、地獄から這い上がりながらも全力で俺を止めるさ。

それに、俺なんかに勝ち目がないこと
ぐらいわかるし、そんな相手に挑む程、
俺はバカじゃない。」



「あぁ、君だけならば確かに勝ち目はない。

しかし、不幸か幸か、君の憎むべき相手は
私の敵でもある。

勝ち目がないとは言い切れないだろう?」



恐らく、彼の仲間を殺した人間に復讐は
できないだろう。

できてもずっと先のことだ。

とはいえ、彼を雇った人間に復讐すること
なら容易なはずだ。

上手くアブナーを騙してこちらの仲間に
してしまえば、楽にベイリー社を潰せる。


アブナーはしばらく俯いていた。
唇を噛み締め、悩んでいる様だ。

私を信じていいのか、
疑っているようにも見える。



「…………復讐、か。

正直なところ、
俺の腸は煮え繰り返りまくってんだよ。

俺が仕事を引き受けたせいとはいえ、
仲間を殺されて正常なやつがどこにいる?

やってやるぜ。敵討ちだ!」



こいつが単純なバカで助かった。
私は密かにこの状況を安堵した。



「そうと決まれば、話は早いですね。

まず、君の住みかに戻ったとき
何があったのか教えてください。」