「おい、ここ、間違っている。一桁多い。
一番初めからもう一度良く見直せ。それからこことここも間違っている」


課長は私の背後に立ちながら、数字を入力したパソコン画面を上から順番に確認していき、ケアレスミスを指摘する。




こうして出来上がった仕事を課長に確認してもらうけれど、ミスばかりでなかなか仕事の量が減らず、終わらない。



まさか、課長と残業することになるなんて。



私は、何故か理由という理由はなく、課長が苦手だった。



課長の部下になってから業務連絡くらいしか言葉を交わしたことは無くて、上司と部下の関係だけどあまり接したこともない。



けれども、切れ長の少し目尻が上がっている瞳とあまり表情を出さない冷徹顔をした無愛想な課長がどうしても怖かった。



クールを通り越して、凍っているような雰囲気がある、なんて思うのは失礼だけど、なんとなく他の上司よりは近寄り難い上司で、他の女子社員からは知的で俳優顔負けのルックスでファンクラブがあるくらい絶大な人気がある課長が、漠然と苦手。



で、この一週間の間に何度か課長に説教を受けて色々と怒られていたので、バツの悪い気持ちと苦手が心に同居していた。




「また間違っている。さっきも指摘した箇所をどうして何度も間違えるんだ。最近の佐藤はいつもと違うな。最近一日中ずっと上の空みたいな時もあるし、ぼうぜんとしている時もあるし、仕事に身が入ってないみたいだな。そういう状態じゃ、仕事を頼もうにも頼めないし、周りにも迷惑かかる。何があったが知らないが、会社に個人的な事情を持ち込むな。ぼけっとすんなら帰ってからにしろ」




課長は背の高い身体を少し屈めて、私のデスクに片手をつきながら、溜息混じりに呆れたような口調でトーンが低い声でそう言った。




簡単なデータ入力の仕事のはずなのに、莫大に量は多くてその分ミスしただけやり直しになって、一向に仕事が捗らない。



椅子に座って作業をする私の背後に立って、迷惑をかけまくっていた無能とも言える頼りない部下の残業に付き添う課長の視線を浴びながら、パソコンのキーボードをタイピングする。



課長は私の様子を確認しつつ、時折自分のデスクに戻って仕事を片付けていた。



入力する手を休めないようにしながら、黙々と仕事をこなす課長をちらちらと目の端で見た。



パソコン画面とにらめっこをしている課長は
眉間に少し皺を寄せながら切れ長の目つきの悪い瞳を少し伏し目がちにさせて、口を真一文字に結んで、真剣な表情で指先を動かしてタイピングしている。



私から見るとまさにその表情は鬼そのもの。


仕事の鬼というのは課長のことを言うんだと
初めて見た時にそう思った。



「佐藤、どうした」


私の視線に気づいた課長が画面から顔を上げると、互いの視線が絡んだ。



「っ! な、なんでもありません」


私は、さっと視線を逸らして、パソコンに向かう。



仕事の鬼で、歯に衣を着せない物言いで鬼の課長と密かに呼んでいる課長をじっと見てしまうなんて、今の私はどうかしている。