修一郎さんの機嫌を損なうと後が大変な事はもういろいろと学習済だ。

「修一郎さん」
名前を呼んで両手で修一郎さんの顔を挟んで引き寄せて頬にチュッとキスをした。
「今日も頑張って下さいね」
佐々木さんと運転手さんに聞こえないように小さく囁いて離れた。

もう、恥ずかし過ぎる。
明日からは絶対部屋を出る前にしよう。

修一郎さんは笑顔だ。
本当にいじわる。

会社に到着して、車を降りる時に佐々木さんに
「専務のご機嫌を直していただきありがとうございます」とからかわれた。

もう、絶対明日からは部屋を出る前にする!!

修一郎さんから一歩後ろ下がって歩こうとすると、修一郎さんから隣を歩くように言われる。

「いいんでしょうか?」
佐々木さんに聞こうと振り返ると
「いいんですよ。私も隣にいますから」
と笑っている。

そうなのかな?
修一郎さんがそう言うならと大人しく従うことにした。

会社に入ると出会う人たちが皆さん挨拶をしてくる。
当たり前だけど、いちいち緊張してしまう。
受付嬢も立ち上がっている。

「ノエル、受付に寄るよ」
「はい」

さすが大企業の顔。
受付嬢は2人ともかなりの美人だ。
修一郎さんと佐々木さんを見て受付嬢は上品な笑顔を見せた。

「おはようございます。専務」
「おはよう」
修一郎さんの笑顔に受付嬢の顔が赤らんだ。

「今日から私の婚約者が勤務するからよろしく」
私の肩に手を回してそう言った。
『婚約者』の単語に反応したのか受付嬢の一人が少し眉をひそめたように見えた。

「安堂ノエルと申します。よろしくお願いします」
慌ててペコリと頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
受付嬢たちは綺麗なお辞儀をした。

受付から離れてエレベーターに向かって歩く途中もずっと周囲の視線を感じひそひそ話が聞こえる。
目立つのは当たり前だけど、本当にすごい。
ため息をつかないように頑張って背筋を伸ばして修一郎さんの隣を歩いた。