「さぁ、指輪も決まった。次はデートだ」

え?デート?

不思議そうな顔をした私に小声で
「世の中の恋人同士がしていることをできる限り俺たちもしよう」
と言ってくれた。

気を遣ってくれているのはわかっているけど、ストーカーに付きまとわれてから最低限の外出しかしていない。
修一郎さんには申し訳ないけれど、出かけられるのはとても嬉しい。

「はい。お願いします」
背の高い修一郎さんを見上げて笑顔でお願いすると、店内にいた女性スタッフたちのため息が耳に入った。

あ、まずかったかな。

修一郎さんは素敵だからファンも多いだろう。
私が一人占めしているように見えるだろうな。
ごめんなさい、私は偽装の婚約者だからファンの皆さん大丈夫ですよと心の中で謝った。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか修一郎さんは私の腰を抱いたまま店を出た。

修一郎さんは水族館に連れて来てくれた。

日曜日の水族館は人が多くて、少し怖い。
ここ1年の間に絵瑠の仮面を外して外出することは無かったから。

顔が強張っていたのだろうか、「大丈夫だよ」と修一郎さんが耳元で囁いて私の肩を抱いた。

「こうしてぴったりとくっついていれば誰もノエルに近付かないし、近付けないから」

修一郎さんの体温を感じてドキドキするけど、安心した。
なぜかこの人と一緒にいれば大丈夫な気がする。

まだ、出会って数日なのに何だろう。
こんなに信頼して大丈夫なのかな。

人気の熱帯魚の水槽や大水槽は人が多すぎて後方から覗くだけにした。
満員電車のように他人と身体が触れる程近付くのは怖い。

「ノエル、大丈夫?さすがにまだこれは早かった?」
心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「いえっ、ちょっとドキドキしますけど、修一郎さんがいてくれるからこの場所からなら大丈夫です。少しこのままこの大水槽を見たいんですけど、いいですか?」

いろんなカラフルな魚やサメの他に大きなエイが泳いでいた。
水槽の下から見上げると、まるで両手を大きく広げて空を飛んでいるようだ。
他の魚や大型のサメにぶつかることもなく遠慮して泳いでいる風でもない。
とても羨ましく感じる。

修一郎さんを見ると私の隣で頷いてくれた。
ふふっ。
私の気持ちが通じたようでとても嬉しい。

私の目には泳いでいるエイが映っていたけど、心の中で見ていたのは優しい修一郎さんの事だった。