「しかし、私にも宿を見つけることができるでしょうか…」

アルトワールの村を出たことのないリルにとって、宿に泊まるということ自体初めてのことだった。

もし宿が見つからなかったら、と考えるだけでも恐ろしい。野宿は避けたい。

するとおじさんは大きな声でそんな不安を吹き飛ばした。

「大丈夫さ、そんな心配はいらないよ」

底抜けに明るいその笑顔に、リルも救われるように笑った。

陽は大分傾き、西にゆっくりと沈もうとしている。東の空はもう濃紺の夜が支配して星も瞬き始めた。

もうじき旅初日の夜が訪れる。


けれどローダンの宿場町に着く前に事は起こった。

停留所でもないのに馬車が突然止まった。

それもいきなりだ。そのせいでリルも身体が進行方向に傾いてしまった。


「あいやー、困った!」

馬借のおじさんは客が慌てて馬車を降りて、馬車の下に潜り込んだ。

「な、何が起きたんでしょう…」

戸惑うリルの一方でおじさんは厳しい表情をしていた。

事態は思わしくないのかもしれないと、一抹の不安がリルの心をかすめた。


「こりゃあ困ったなあ、やっちまった」

馬借のおじさんは大きな独り言を言いながら客の乗る方へ来ると「すんません」と謝った。

「馬車の車輪の部分がちょっと壊れちまったみたいで…」

「大きな石か何かを踏んじまったみてぇだな、こりゃ」とおじさんはぼやく。

「動きそうなのかい?」

「いやあ、厳しいなあ。今日はちょっともう動かねえ」

車内にどよめきが起こった。

「そ、そんな…」

まさか、こんなところで足止めを食らうなんて。

予想外の出来事に、リルは頭が真っ白になりそうだった。