そのまま暫く俺は動く事が出来ずに突っ立っていたが俺に口を塞がれたままの瀬奈が苦しそうにもがく声を聞いて慌てて手をどける。

「ぷはぁ!」


そう大きく声を上げ、大きく深呼吸した瀬奈は先程までの只事ではない雰囲気にいた俺に気を使っているのか何かとやかく言ってくる事は無かった。

ただ一言
「大丈夫?」
と声を掛けてきただけだった。


そんな彼女の優しさが今は何よりも有難く感じた。



シャー……

2人だけの帰り道に響くのは一条に会う前の明るい声ではなくただ自転車のタイヤの回る音だけだった。
いつも話し掛けてくるのは瀬奈の方をからの為、俺はなんて話しかければいいのか分からずただ黙っている事しかできなかった。


やっべえ…、今まで向こうから話しかけてきてたしなんて言えばいいのかさっぱり分からん。なんて言やーいいんだ…。

取り敢えずこの重苦しい雰囲気を打破しようとなんとかこの回らない口を無理やり開こうとしていた所を瀬奈が恐る恐るといった感じで話しかけてきた。


「ねぇ?」
「…ん?」
「さっきの人の事って聞いてもいいかな?」

そうやって問いかけてきた彼女の顔を少し見た後、少し返答に迷う。

別に彼女の事が信用出来ないという訳ではないのだ。
いやむしろ出会ったばかりでしなければならないのだろう。だが出来ないのだ。

俺はもう既に絆されているんだ。彼女の持つオーラによって。

それに彼女はもう既に俺に重大な秘密を明かしている。俺だけが言わないなんてフェアじゃないだろう。

そう思い直し、足を止めて彼女の顔を見る。


「話してもいいのか?」
「…うん。聞きたい。私、ただの好奇心だけで聞いた訳じゃないから。」


そう真っ直ぐに答えてきた彼女は嫌になるくらい凛としていた。

「分かった。んじゃ聞いてくれるか、少し長くなるが俺の過去の事についてだ。」