今朝は、始発に乗って東京に出て来た。

この公園にも、朝の8時には着いた。

時間の約束はしていない。

さて、何時間待ったら来てくれるかな。

来てくれないって可能性は、頭に無い。

彼女は絶対やって来る。


公園の前を通る人が、みんな不審な目で俺を見ていく。

そりゃそうだよな。

平日の朝、いい年したおっさんが公園のベンチでボーッとしてりゃ、気味が悪いよな。

そしてこのいい年したおっさんは、徐ろにおにぎりを食べ始めた。

通りかかる人がギョッとした顔で俺を見る。

どうとでも思ってくれ。

公園を出た隙に咲とすれ違ったりしたら嫌だから、おにぎりとか飲み物とか買い込んで来たんだ。


さて、持ってきた小説でも読もうかな。





でも、待つ時間は思いの外短かった。

心優しい咲は、結局、俺をそんなに待たせられないんだ。

何気に小説に没頭していたら、急に影が射して目線を上げた。

目の前には愛おしい彼女。

笑うでもない、怒るでもない、なんとも言えない複雑な表情で俺を見下ろす咲。


「お父さん…」

彼女が俺に呼びかけた。

それは、君の囁かな復讐なの?


俺は立ち上がって、彼女の腕を思い切り引いた。

「キャッ!」

小さな悲鳴を上げて、彼女のおでこが俺の胸に当たる。

その瞬間、ギューッと彼女を抱きしめた。

両手で俺の胸を押して離れようとする彼女。

離すもんか。

両腕に力をこめる。

道行く人が訝しげに見て行く。

まだ午前9時前だからな。

出勤途中のサラリーマンもチラホラ。

中年の男女が朝の公園で抱き合ってたら、頭おかしいと思われても仕方ないよな。


まだ離れようともがく彼女の耳に、

「お父さんじゃないでしょ?」

と囁いた。

「!!!」

ビクンと彼女の肩が跳ねる。

咲は耳が弱いからな。

「名前で呼んでよ、咲ちゃん」

さらに囁いてこめかみにキスすると、彼女は真っ赤になって俺を睨みつけた。

「呼んでくれないと、離さないよ」

耳朶を甘噛みする。

「…っ‼︎」

さらに咲の肩が跳ねる。

中年のおっさんが、朝っぱらから健全な公園で何やってんだか…。


「コウ君……」

咲が真っ赤な顔に瞳を潤ませて俺を見上げる。

睨んでいるけど、何、その可愛い顔。

俺、よくこんな可愛い生き物と平気で暮らしてきたな。

おかしいんじゃないか?


でも約束なので、仕方なく咲を離してやる。