「できないです、そんなの。だってあなたは私を助けてくれたのに」

リルの言葉に腹を立てたのかその男は「話が通じない」と肩を落とした。


「もう、俺は行く」


背を向けて「せいぜいよい一人旅を」と片手をあげながら去って行く。


「あ、ちょっと!」

たまらずリルは引き留めようとするけれど、その人は人混みの中に姿を消してもう見えない。


「何なの、あの人」


男の身勝手な振る舞いにリルは腹を立てるが、その声すら誰にも届かない。


するとその時鐘の音が響き渡る。

馬車の出発を告げる音だ。


「いけない!」

リルは大慌てで馬車に戻った。

結局何も買うことができずがっかりしていると、先ほど馬車の中で話しかけてくれたおじさんが「おや、何も買わなかったのかい?」と不思議そうにリルに声をかけた。

「はい…」

項垂れるリルにおじさんは笑った。

「そいつは残念だったね。お嬢ちゃん、パンは好きかい?」

「え?ええ、好きですよ」

何を言われているのか分からずそう答えると「そうかい」と言いながらおじさんは自分のカバンの中からパンを取り出した。

「さっき買ったんだけど、一人で食べるには多すぎてね。良かったら半分もらってくれないかい?」

「え、いいんですか!?」

おじさんは歯を見せて「もちろん」と笑った。

「ありがとうございます」

あの人は自分以外の全てに警戒しろと言ったけれど、やはりそれは間違いだとリルは思った。

だってこんなに優しい人がいる。

こんな風に今日あったばかりの娘にパンを恵んでくれる人をどうして疑えるだろう。

パンをほおばりながら、リルは人の優しさを感じていた。