「お疲れ様です」彼に声をかけ、自動販売機に小銭を入れた。

 ボタンを押した自動販売機から、ガラガラと音を立て缶コーヒーが落ちた……


「ああ…… お疲れ様……」彼の声は、いたって普通の挨拶で、特に無愛想でもないが、笑顔を向けるわけでも無い……

 
 彼は今朝、大阪から東京の本社へ異動して来たばかりの、野川駿(のがわしゅん)二十八歳。
 企画部の課長として新しい企画チームへ配属された。

 私は、企画部でアシスタントをしている、矢崎美羽(やざきみわ)二十三歳。


 私は自動販売機の取り出し口に手を伸ばした。


「ごめん…… アシスタントの子だよね? 名前、教えてもらっていいかな?」
 課長は、少し申し訳なさそうに肩を軽く上げた。


「あっ。矢崎美羽です。企画部大勢だから、名前と顔覚えるのも大変ですよね……」

「まあな…… 取りあえず自分のチームだけは覚えないと仕事にならないからな……」


「そうですね……」

 私は少し笑みをこぼし、缶コーヒの蓋を開けた…… 


 以外にも、課長は私と同じメーカーのブラックコーヒーの缶を手にしていた。
 苦味が強く、あまり飲む人を見かけないが、仕事の疲れを取りたいときは、このホット缶コーヒーに限る。



 きっと課長も、赴任初日で疲れているのだろう……

「えっと…… ガタイのいいメガネをかけた冗談言っているのか本気なのかが分からないおじさんが、飯沼主任。茶髪で背が低めの、すぐに口を尖らしていじけるのが、大宮君。美人だけど突然大きな声で笑いだすのが、姫川さん。姫川さんと雰囲気が似ているけど、メガネを掛けてクール―な方が、唐沢さん。背が高くて若い爽やかな王子のイメージが藤川さん…… 取りあえず、その辺ですかね?」


 課長は一瞬真顔になった後、声を出して笑った。


「あはははっ」

 クールに見えた顔が、笑顔でクシャっとなり、私の胸は確かに反応した……

「分かりにくいですか?」
 私は、首を傾げた。


「いいや、凄く特徴掴んでいて笑えただけ…… サンキュー」

 課長はそう言うと、空き缶をゴミ箱に捨て、オフィスへと向かって行った。


 私は、残りのコーヒーを飲み干すと、午後四時を差した時計に目をやり、デスクの上の資料を思い浮かべ、今日も残業になると確信した。