ん?

 扉の前にピタリと止まる。

 何やら小さな呻き声。

 うっかり行程を忘れた私は、そっとドアを開け、中の様子を確かめた。

 …!!

 思い出した。ドアをノック、だった。

 そして全てを理解した。

 うわぁ……

 キス、してる。

 大神さんと、社長の奥様が。

 それも、したことも見たこともないような凄いキス。

 『急いで下さい、時間です』の声をかけるべきだった。

 しかし。

 
 奥様がヘッドのボードに身を預け、彼の背中に両腕を回す。彼は壁に左肘をついて、唇を吸う。

「ん…くっ」

 堪えきれない奥様が、彼の後頭部に右手を押し付け、深く舌を浸入させた。彼はそれを受け入れて、更に相手の口腔に己のそれを押し入れてゆく…

 ……スッゴい。

 思わず見入ってしまった。

 喉頭が動き、唾液を溜飲する。やがて奥様の手が、彼の下腹に触れようとした瞬間、ドアの隙間から目が合った。

 (早くしろ!)

 詰るような鋭い視線に、私ははたと我に返った。

 大きめにドアをノックする。

「お、大神さん!大変!時間が迫ってます!」

 二人が離れた気配がして、やっと私は中に入る。

「申し訳ありません、失礼します」

「また来てね」

 玄関まで見送って頂いた奥様の、切なげな表情に罪悪感を覚えながら、たった一人の住人には広すぎる館を後にした。