閑静な住宅街の一番奥にひっそりと立つ木造アパート。


ここが私の住む家だ。


キーホルダーの付いた鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。


ドアを開く時に聞こえるキィィッという音が、このアパートの特徴だ。


畳の香りがぶわっと鼻孔を通る。


アウターを脱ぎ、小さなテーブルの前に座ったところでさっそく携帯と松村さんがくれた名刺を取り出した。


電話番号とメールアドレスを交互に見たところで私は考えた。


この場合…どちらに連絡したらいいのだろうか。


仕事用のアドレスだと業務的なやり取りになってしまいそうだ。


悩んだ末、電話番号を携帯に打ち込んでいった。



発信ボタンを押す親指が微かに震える。


緊張しているのかな?



『えいっ!』と、誰もいない部屋の中私は声を出し、遂に発信ボタンを押した。



---プルルルップルルルッ



何コール目かでその電話は取られた。



『…はい、松村です』


電話口で初めて聞く彼の声は、私の記憶のものとは少し高く感じた。


「あ、あのっ…私です。西田ひかり…今日お会いした者です」


そんなこと言ったって、松村さんは仕事や接待で色々な人と関わっているだろうから、誰なのか人物の特定は難しいのではないのだろうか、とすぐに後悔の念にかられる。


しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。



『あー、さっきはどうも。友達居ない西田ひかりさん』


「っ!!わ、わかりますか!?私のこと!!」


『お前みたいな変な女忘れるわけねーだろ』


どんな印象であれ、彼の記憶にしっかり残っていることが嬉しかった。


喜びで携帯を持つ手に力が入る。



『で、何の用?』


「あ、今、大丈夫ですか?」


『あー。仕事はもう終わったけど』


その言葉にホッとする。


また迷惑なタイミングだったら申し訳ないと思ったから。



「今日は、ありがとうございました。松村さんみたいに、私のことわかってくれる人が居て、嬉しかったです」


『…いや、わかったというより、単に察しただけだけどな。それに、お前自身のことを考えたというより、心理学的な一般論を言っただけ』


「それでも嬉しかったんです。その…最初に見た時から、素敵な人だなって思ってたから。そんな人に私の悩みを聞いてもらえて。ありがとうございます」


私がそう言うと、しばらく返事がなかった。


お互い無言の状態が続き、もしかして電話が遠くて私の言葉が聞こえなかったのではないかと思い、再び口を開こうとしたその時だった。



『明日の夕方5時、お前時間ある?』


「えっ?」


予想外の言葉に頭がついていかなかった。


もしかして、私誘われている!?


『あ、勘違いすんなよ?別にデートとかじゃねーから』


「で、ですよね」


うん、まさかね、そうだよね。