「……加えて、リンドールの動きですが、彼の国の財政状況は依然として悪く、ジルクムンドからの圧力に耐え切れないということも――クラウス殿? ……クラウス殿」

 名前を呼ばれて、うつらうつらとしていたクラウスははっとした。顔を上げると、会議室に集った大臣たちの視線が注がれている。それだけではない、壇上の国王も眉根を寄せ、彼を見つめている。クラウスは焦って咳払いをした。

「は、小麦の価格上昇がどうしましたか」
「小麦の話題は終わっておりますよ、クラウス殿」

 懸案を読み上げていたシャルル大臣が、呆れ顔を隠そうともせずに言う。

「失礼をいたしました」

 クラウスは潔く頭を下げた。連夜の寝不足がたたったのだろう、一瞬目を閉じるだけのつもりが、そのまま眠りに落ちてしまっていたらしい。

「騎士団長殿には、剣も槍も必要のない会議など、さぞかし退屈でしょう」
「しかし、退屈でもご自分からおっしゃったのですから、内容を理解はしないまでも、せめて起きていていただかなくては」

 大臣の言葉に、皮肉な笑いがさざめき渡る。

「申し訳ない」

 面目なく、クラウスはもう一度頭を下げた。

 かつて、王国の方針は文官のみの会議で決定され、騎士団はそれに従ってきた。しかし、その会議に騎士団も関わることで王国へのさらなる貢献に務めたい、そう言い出したのは他ならぬクラウスである。

 彼は幼いころより宮廷騎士として警護の任を務め、若くして団長まで上り詰めた剛の者である。その長身の体躯は隆々としてたくましく、剣の腕で右に出る者はいない。その上、胆力も大したもので、どんな修羅場をもくぐり抜ける強い意志の力を持っている。

 敢えて欠点はと言えば、少々彫りの深すぎる顔立ちで、十――いや、二十は年上に見られることだろうか。

 しかしそれは部下に言わせれば、元々の容貌のせいではなく、彼の面倒見の良さや、出なくとも良い王国会議へ出席を決めるなど、背負うことのない苦労をしたがる気質のせいだという。そう言われると、クラウスにも心当たりがないこともなかった。連日連夜の寝不足は、まさにその類いだろう。

 その苦労が、常に眉間に深いしわを刻むせいで、彼は二十四という年齢の若者には見えないのである。

「しかし、クラウス殿がその調子では仕方がない。今日は解散として、残りの議題は後日改めてということでどうでしょうか」

 バッシュ大臣が白い口ひげを撫で、提案する。最高齢の老臣の言葉に、他の大臣たちは不満そうなそぶりを見せながらも席を立った。自責の念に駆られながら、クラウスも立ち上がる。しかし、バッシュはそれを引き止めた。

「クラウス殿は、どうかそのまま」

 振り向くと、国王が小さくうなずいた。国王直々の叱責を期待して、大臣たちは打って変わったにやにや笑いを浮かべ、退出する。

 クラウスは回れ右すると懺悔をするように膝をつき、頭を垂れた。しかし、彼らの退出を確認した国王の口から出たのは、意外にも彼を責める言葉ではなかった。

「クラウスよ、昨晩も苦労であった。あれがそちの任務外であることは重々承知しておるのだが……」
「いいえ、そんなことはございません。王国を守ること、これがすべて私の任務と心得ております。それよりも、大切な王国会議で居眠りをしてしまったこと、誠に申し訳なく――」
「そう言うな。のう、バッシュ」

 眉をひそめた国王が言う。事情を知る唯一の大臣であるバッシュも、大きくうなずいた。

「陛下のおっしゃるとおりです。その様子では昨晩もほとんど眠っていないのではないですか。このままでは、貴公の身体が持ちますまい。誰か代役を立ててはどうだろう」
「いいえ。私の他に、かの幻魔を倒せる者はおりません。私は大丈夫ですので、どうか――」
「とは言っても、のう」

 国王は重いため息をついた。

「昨夜はとうとうドラゴンが出たのだろう?」
「はい」

 クラウスは顔を伏せてうなずいた。

「貴公だからこそ、退けることができたのだろうが……ドラゴンの前はお化けガエル、その前は一つ目の巨人、その前は跳ね回る頭蓋骨だったか――」
「笑いながら跳ねる頭蓋骨、でございます」

 かしこまるクラウスに、バッシュは唸った。

「亡くなったお妃様も同じような性質をしていらっしゃいましたが……」
「いや、あれの生み出すものは妖精だとか、美しい蝶の群れやらで、決して魔の物ではなかった。わしはあれとの逢瀬の度に、その生み出す美しい景色に見とれたものじゃ……」

 国王は首を振ると、さらに重いため息をついた。

「だというのに、我が娘ときたら。王女の生み出す幻魔で民を危険にさらすわけにはいかぬ……」
「はい、承知しております」

 クラウスはますますかしこまった。