その時、何気なく振り返った先の朝霧と、不意に目が合った。


(…朝霧…)


朝霧はフッ…と僅かに口の端だけ上げて笑うと。

「…もう気が済んだか?」

『…え…?』

驚き固まっている実琴をよそに軽いフットワークで起き上がると、手にしていた雑誌を横へと置いた。

そうして、今度は身体を乗り出すようにして自分の膝の上に肘を付くと、手を組みながらこちらの様子を窺うような素振りを見せる。


「何か、迷ってるのか?お前…」


そうしてこちらへと向けられる、その思いのほか真っ直ぐな瞳に。

実琴は思わず自分が猫であることすら忘れて固まってしまった。

明らかに自分へと向けられたその言葉に、どう反応したら良いか分からなかったのだ。

だが、それさえ見越していたかのように朝霧はクスッ…と笑うと。

「お前…猫のくせに感情が表に出すぎ。急に落ち着きをなくしてウロウロしてるかと思えば不意に落ち込んでみたり、固まったり…。ホント見てて飽きない奴だよな」

そう言って、今度は優しい笑顔を見せた。

そうしてソファに腰を下ろしたまま、こちらにゆっくりと手を伸ばすと、硬直しているままの実琴をそっと抱え上げる。

『…朝霧…』

「ほら…その顔。そんな不安そうな顔するな」


(…えっ…?)


そうして朝霧は「何も心配ない」…と優しく撫でてくれる。

抱き締め、優しく包み込んでくる朝霧の、その温かさに。

実琴は何故だか泣きそうになった。

「そんなに不安なら、俺の傍にいればいい」


(…あさ、ぎり…っ…)



私は、自分の気持ちに気付いてしまった。

…解ってしまった。


元の自分に戻りたいと…。

『辻原実琴』に戻りたいと、本気でそう思っているのに。


だけど。


こうして朝霧の傍で、子猫のままでいたいと思ってる自分も、実は少なからず存在しているということに…。