今はテンションが上がりすぎてちょっとおかしくなっているだけで、明日にはきっと、百井くんはまた、何事もなかったようにキャンバスの下絵に向かうのだろう。
わたしには絶対に注がれることのない、愛しい人を見つめるような、あの眼差しで。
ただひたむきに、彼女を想いながら。
「……わたしはただの友だち、友だち……」
傘の中に反響する雨音が思いのほかうるさいことをいいことに、直接口に出してつぶやきながら、思わず揺らいでしまった境界線を何度も何度も引き直す。
当然、前を走る百井くんには聞こえるはずもなかったけれど、今はそれがとても救いだった。
ふたりでふたつの傘を差しているように。
手はつないでいるけど、これ以上、わたしたちの距離に縮まりようがないように。
それでいい、それがいいんだと、ぐっと唇を引き結んで何度となく自分に言い聞かせながら、駅までの道を百井くんの背中についてひたすらに走った。