何事もなく2週間が過ぎて。事件は起こった。


『NDDシステムズ、高度生体・情報システムの開発に躍進 』

経済新聞に載っていた記事に社内は騒然となった。


朝から秘書室の電話は鳴りっぱなし。
急きょ幹部が招集され、緊急会議。
担当だった開発部長と担当SEも呼び出されて緊迫したムードになっている。

何がどう緊急事態なのかは分からなくておろおろしてたら、雪乃さんがこっそり教えてくれた。

「政府機関向けに高度医療分野と環境分野を統合した画期的なシステムの開発が進んでいたの。技術的には我が社だけでも可能だったんだけど、規模が大きすぎる案件だったから大手企業のサニーと提携していてね。環境実証とフィードバックをあと何度か行えば実現可能なところまできてた。それなのにいきなり、他企業に出し抜かれたのよ」

雪乃さんはシステムについても詳しく説明してくれたけど、難解すぎてよく分からなかった。
要するに今問題になってるのは、画期的なシステムを開発してたけど他の企業のほうが早く完成させそうってことらしい。


「問題なのはNDDが開発したというシステムの内容なの」

「…どういう意味ですか?」

「そっくりなのよ。我が社が開発を進めていたものと。幹部は、情報が漏れたんじゃないかって言ってる」

「情報漏洩、ですか?」

「そう。外部からは絶対に侵入できないように何重にも隔離されてた。 もちろんファイルにアクセス制限はかかっていたし、情報にアクセスできるパソコンも指定されてたの。でも、だからって社内の人を疑うなんてしたくないわ」


そう言うと雪乃さんは私の顔をじっと見て、悲しそうに溜息をついた。



その1時間後。
私は秘書室長に呼ばれた。硬い顔で目も合わさず、連れて行かれた先は会議室だった。
中には幹部クラスの皆さんが丸い大きなテーブルを囲んで座っていた。

会議用の大きなモニターは消えている。
その前に、先客が立っていた。

「星野くん…」


星野くんは青い顔で俯いていた。私に気が付くと怯えたようにびくりと震えて目を彷徨わせた。
この前あんなことがあってから久しぶりに会った彼は気まずいのだろうけど、ちょっとあんまりな反応だ。

秘書室長はそのまま私を星野くんの隣に立たせると、重役さんたちに、彼女は派遣社員だったけど社長の指示で正社員になり先月から秘書室で雑務をしている、と説明した。

そっと前を見ると、篤人さんが硬い表情で私たちを見ていた。冷たい視線を向けたまま、静かに口を開いた。


「夏目まどか。君はここにいる星野に開発中のシステムの情報を渡したのか」