「でもまあ良かったです。悪影響がないなら。あ、でも足から力が抜けるみたいになるのはどうして?」

「森羅万象、この世のあらゆるもんは陰陽でできとる。負の気は陰に属するもんや。せやから浄化する時にお前の陽の気が消費される。軽いもんやったら自然に補給されるもんやけど、さっきの篤人の負の気の塊は濃かったやろ。そやからいっぺんに陽の気をもっていかれたんや」

黒い靄は負の気、つまり負のエネルギーや、とおっさんは言った。

人間は陰陽でできている。
普段は、嬉しい、楽しい、安心、感謝などの正の感情と、恨み嫉み、憎悪や自棄などの負の感情をバランスを取りながら生きている。
でも何かがきっかけでバランスが崩れると、負の感情が大きくなり、体外に漏れ出てやがて靄のように体を覆ってしまう。
健康な心身を持っていれば自浄作用が働いて、黒い靄は消失することも多いのだけど、強い感情に引きずられて負のエネルギーが大きくなりすぎることはままあるらしい。
陰陽のバランスが崩れ、陰に大きく傾いている負の状態。それが黒い靄として現れているのだそうだ。



ちなみに社長の周りに浮いていた黒い靄の塊。あれは幾つもの負の気を濃縮したものだったからあの濃さだったらしい。普段、引き寄せる程度のものはそんなに濃いものはないから、浄化しても栄養のある物を食べて眠れば陽の気は回復するのだそう。
そういや、コンビニのお兄さんの黒い靄も吸い取った時はちょっと怠かったけど、一晩休めば大丈夫だったな。


「しんどい時は篤人に補給させればいいやろ」

「補給って……いや、遠慮します」


補給ってキス行為でしょ。「疲れたからキスしてください」って社長に言えと? 痴女か。
っていうか、なんだか引き受ける感じになってるんですけど。丸め込まれてないか私。

「もし。もし、ですよ?社長の浄化ですか、それを引き受けるとして期間はどれくらいですか?目途はありますか?」

「一生」

「は!?」

「って言いたいとこやけど、そやなあ。あんたがマメに浄化してくれるんやったら、こいつも匂わん体になるか」

「じいさん。俺が臭いような言い方やめてくれ」


社長は不満そう。そうだよ!社長はいい匂いしてますよ!


「1年もあればいけるやろ」

うーん、と唸っていたおっさんが出した答えにほっとした。1年ならなんとかなりそう。