ケータイ小説 野いちご

金の玩具姫

崩壊
彼氏

***

「優愛、そろそろ時間じゃない?」

 スマホやタブレットを弄っていたところ、莱から声が掛かった。

「んあ?」

 からり、口の中にある飴が音を立てる。

 今はコーラ味。さっき口の中に入れたばっかなんだけど……。

「だから、トップだけの集会!」

「ああ……めんど」

 ガリッ、と口の中で音を立てて割れた飴。立ち上がって口の中から棒を引き抜くと横から何か飛んできた。

 反射的に掴むとそれは、バイクのキーで。

「いってらっしゃい。事故ったら禁煙だからね」

 ……嘘だろ、おい。

「いってらっしゃ〜い」

「帰りにコンビニでアイス買ってこいよ」

 買ってこいよと笑うだけでお金を渡してくる気配もない。今までだって、あとでお金をくれることもない。そういえば、好みだって、知らないな。

「誰が買うか」

 ぽつり、そうこぼして幹部部屋を出た。

 溜まり場を出て、バイク置き場でバイクに乗って黄龍倉庫へとバイクを走らせる。

 なんのハプニングもなく、無事に倉庫へと着いた。

 中に入ると凄い人数がうじゃうじゃと……“母さん”の娘であるあたしを一目見ようと、集会の日はいつもいつも黄龍の傘下が集まってるらしい。……あたしは、母さんじゃないのに。

「毎度毎度、大人気じゃねえか」

「あたしじゃなくて、この顔がね」

 階段を上った先、すぐそばの壁に凭れて腕を組み、あたしを見て片頬を上げる茶髪の男。

 ぞっとするくらい整った秀麗な美貌を惜しげもなく曝し、笑うこの男を好く者はどれだけいるんだろうか。

 皐月鈴也(さつき れいや)。黄龍の幹部で、頭がキレるから参謀の地位にいる。

「見せ物じゃねえのに」

「人に見られるの気分悪い」

 鈴也の前を通りすぎようとした。ここはまだ、下からの視線を感じるから。

「待てよ」

 手首を掴まれ振り向かされたときには唇が重なっていて。

「人見てるんだけど」

 触れただけで離れていった唇軽く睨んで文句を言うと笑われた。

「いいだろ、別に」

「もういい。さっさと元に戻ったら?」

 アンバーの瞳を睨み、そう吐き捨て幹部室に向かう。

 鈴也は今の彼氏。あたしが好きになったわけじゃない。告白されたとき、偶然彼氏がいなかったから。

 来る者拒まず去る者追わずのあたし。この“見た目”に惹かれる者は多い

 だからいちいち断るのがめんどくさいし、彼氏がいるってだけでフる口実ができる。

 両親に、むやみやたら付き合うのは止めろって言われてるけど、別に困ることなんてない。男除けになるし、ダメだと思うのは適当に誤魔化して付き合わないし。

「お前はほんと、冷めてんな」

「じゃあ別れる?」

 がつ、と腕を掴まれた。突然だったせいで、バランスを崩す。

「お前、すぐそれ言うの止めろよ」

 前に腕を回され、抱き締められる。

「……他の男は冷めてるからって別れるって言い出すんだけど」

「他と一緒にすんじゃねえよ」

「……ふん、どうだか」

 腕を振り解いて幹部室に歩き出す。扉を開けるとあたし以外の連合の幹部は既に集まっていた。

「……ごめん」

「いい。アイツに捕まってたんだろ、どうせ」

 1番上座に座る男がどうでもよさそうに呟いた。母さんの時代は違ったらしいが、この総長だけの集会には黄龍の幹部は参加できない。本当に、総長だけの集会だ。

「お疲れさまぁ。あ、飴食べるー?」

「食べる」

「何味ー? いっぱいあるよー」

「じゃあ」

「ストロベリーでいいよね、はい」

「……」

 おとなしく渡された飴を口に含むとくすくす笑われる。

「……?」

「なんか優愛ってさあ、お菓子あげるからついておいで、って言われたら簡単に行っちゃいそー」

 思わずむっとして言い返した。

「………子供じゃあるまい」

「ミツキに餌付けされてる奴が何を」

「……」

 餌付け……確かにそうかも、と思ってしまった自分を殴りたい。

「ミツキ、俺も飴ください」

「えー、これ優愛の餌付け用なんだけどー、イチヤも餌付けされるー?」

「……じゃあいらないです」

「っていうかあ、今の彼氏とはまた長続きしてるじゃん。何したのー?」

 ポケットからもうひとつ取り出した飴をイチヤの前でちらつかせながら笑みを湛えた目が見てくる。

「長続きって1ヶ月しか経ってねえだろ」

「えー、優愛っていっつも2、3週間で別れるじゃん。それが1ヶ月だよ、1ヶ月!」

「確かにそう考えると今回は長いですね」

「でしょぉー? それで? 別れる目処はついてんのぉ?」

「知らない。言っとくが、あたしからフったことはないからな」

「知ってる知ってる〜、冷めてるからってみんな捨てられちゃうんでしょー」

「いっそのこと浮気でもしてやったらどうだ? 二股でもお前ならできるだろ」

 彼氏待ちが腐るほどいるんだからよ、と嫌味を言われる。ガリッ、と口の中で転がしていた飴を噛み砕いた。

「それ、飴に対する一番の冒涜〜」

 彼氏待ち。あたしが彼氏と別れるのを待って、コクって来る人らのことらしい。

 あたしが彼氏と別れたって噂が流れると毎日毎日何回も何回も呼び出し呼び出しで。噂が流れた頃にはとっくに新しい彼氏はできてるんだけど、中々止まらない。

 あたしは来る者拒まず去る者追わずだけど、流石に相手に悪いから二股とかはしない。セフレとかもいないし。

 みんなにあたしは軽い女とか言われるけど、そこまでふしだらなことしてない。父さんがうるっさいしね。

 自分だって母さん一途とか言いながら学生時代、モテたんだろうからセフレの1人や2人、いただろうに。自分のことは棚に上げて、鬱陶しいったらありゃしない。

 ……というか人の事情に首突っ込むなよ。

「……集会は。こんなくだらない話をするためだけに集まらせたのか」

 ぽつり、不機嫌気味にそう呟くと溜め息を吐いた黄龍総長……宮野拓哉(みやの たくや)

 不良には珍しい、真っ黒の髪に黒い瞳で……少し、苦手だったりする。

「んじゃはじめっか。おい、ユラいーかげん起きろよ」

「んー、ぁー、終わった……?」

「今からだよぉ、ばっかじゃないのぉ?」

 さっきまで一言も雑談に参加せず眠っていたのは南の朱雀総長、柳由良(やなぎ ゆら)。オレンジ色の髪に茶色の瞳。かなり身長が高い。

 一日のほとんどを寝て過ごすから、カラコンは邪魔だそう。一言で言うと、人畜無害な巨人。

 その由良に嘲笑を浮かべたのは北の玄武総長、桐生深月(きりゅう みつき)。限りなく白に近い青、というまた変わった色の髪。

 シーソルト、という名前のその髪色は本人のこだわりだそうで。白髪に、うっすい青が混ざってる、みたいな色。結構綺麗な色だけど、将来絶対禿げる。飴くれるから嫌いじゃない。

「……甘い匂いする……飴?」

「あー、優愛を餌付けしてたのー」

「俺も貰いましたけどね」

「あーそうそう、忘れてた〜」

 から、と口の中で飴を転がしたのは東の青龍総長、橘壱哉(たちばな いちや)。藍色の髪に藍色のカラコン。

 結構な甘党だそうで、自分で買いに行くのは面倒だけど、他人が持ってたら欲しい、というワガママな奴。大体は人受け良さそうな物腰柔らかな態度でいるけど、気の許せる人しかいないところでは態度が一変。

 口調は変わらないけど、態度とかが。……壱哉のせいで飴貰えないこともあるからちょっと嫌いかもしれない。

「現状を報告しろ」

「北はなんもなしぃ」

「東も特に無いですよ」

「南……この間、宣戦布告してきたやつら、治安乱してく」

 この間……ああ、陽炎(かげろうか)。そういえば莱が何か言ってたな。

「西まで被害が及んできてるって莱が苛立ってた」

「……街に被害が及ぶなら早急に潰せ」

「東まで、行くかも」

「来る前に南で止めてくださいよ」

「こっちも見つけ次第、潰す。あれ、ドラッグやってるから広められたら最悪」

「とりあえず出来る対処をしろ」

「……りょーかい」

「要は潰せばいいんだろ」

「北はしばらくかんけーなさそぉ」

 陽炎。あたしらの四神連合を良く思わない連中が集まり、あたしらを潰すと言ってる連中。

 潰すまでは結託し、潰したら消える。暑い夏の日に現れる、掴めそうで掴めない陽炎のように。そんな意味を持ってつけられた名前らしい。

 陽炎に潜入させた下っ端がそう言ってた。

「アジトもドラッグの入手ルートもわかってる。あと潰すだけ」

 莱がそう言ってた。あたしは自主的に情報集めしないから本当は白虎の頭とかしてちゃいけないんだけど。それでも許されているのは、母さんの影があるからなんだろうな。

「じゃあさっさとやればいいじゃん」

「あっちも案外警戒心が強くて。腹の探り合い状態」

「ふーん」

「じゃ……しばらく、ウチと組む?」

 由良の言葉に少し間を置いてから頷いた。まだ西にはほとんど関係ないとはいえ、情報提供くらいはした方がいい。白虎は四神連合の中では情報担当の位置づけであるわけだし。

「どんな方法でもいいがとにかく、早急に潰せ。ドラッグをばら撒かれたら回収が面倒だ」

「了解。……帰っていい?」

「優愛は気が早いよね〜。はい、チェリー味」

 不機嫌になったことを察したらしく、さっと飴を差し出された。気に入らなかったが飴だけもらうと笑われる。

「また、人の姉をペット扱いしないで、って莱に言われますよ」

「莱だって、煙草吸わさないためにお菓子あげてるじゃん〜。それと何が違うのー?」

「ペット扱いするな」

「飴美味しい? もう1個いる?」

「いる」

「じゃあ俺の言うこと1つ聞いてー?」

「……」

 伸ばしかけた手を引っ込めるとくすくすと笑う。

「あー、残念。まだ餌付けがたんない」

 深月の言うこと聞くのはちょっと……。内容が恐ろしかったりえげつなかったりするから。

 2つ返事ではい、わかった、と言えるほどのものじゃない。

「……解散」

「優愛〜、もう一個あげる〜」

 ……言うこと聞くのは嫌なんだが。

「ラス1〜。俺食べないしぃ、余っても捨てるだけ〜」

 ラムネ味を手渡して深月は部屋を出ていく。それを少し眺めて、すぐにその後を追った。

 廊下に出ると、壁に凭れていた鈴也と深月が睨み合っている。この二人は犬猿の仲らしく、よく喧嘩する。

「……深月、」

「なあにぃ? 今ちょっとお取り込み中なんだけどぉ」

「……ありがとう」

 ぱちくり、と目を瞬かせた深月。

「あははっ、それだけを言いに来たの? 律儀だねぇ」

 不機嫌そのものだったのに、上機嫌になると鉄階段を降り、帰っていく。

「……優愛」

「なに、そんな不機嫌そうな顔して」

「……帰んぞ」

「おい、あたしは不機嫌の理由を聞いて……」

「わかれよ、鈍感」

「はあ?」

「また餌付けされてたのかよ」

 咥えていた飴を奪われる。

「……かえ、」

 最後まで言う前に唇を塞がれた。後頭部を抑えられて、背中の後ろに手を回されて、逃げようにも逃げれない。

 なんでこいつこんな吸い付くの好きなんだよ、TPO考えろくそ。

 がちゃ、と背後でドアが開く音がした。できる限り力を込めて、鈴也の胸を押して直ぐ様離れる。

 出てきたのは由良と壱哉で。呆れるような半目に、鈴也を蹴り飛ばしてやろうかと本気で思う。

「……人前」

「あたしからしたわけじゃ……」

「……どーせ、鈴也の不機嫌の理由、優愛でしょ」

 くわり、眠そうに欠伸をした由良。

「鈴也……醜いよ」

「うっせえ」

「男の嫉妬ほど醜いものはありませんからねえ」

 ……嫉妬? え、何に?

 腕を引かれて鈴也に後ろから抱き締められる。……少し苦しい。

「鈴也のポジションを狙ってる男は5万といるんですよ。寝取られないように気をつけてくださいね」

「……人が尻軽みたいに言うな」

「……優愛は変な意味で警戒心ないし」

「ちゃんと首輪つけておかないと横からかっ攫われますよ」

 何が首輪だ。動物かあたしは。どいつもこいつも。蹴りたい。

「……わかってるっつーの」

 鈴也の機嫌を悪くするだけ悪くして、帰っていったふたり。

「……簡単に餌付けされてんじゃねーよ」

「……だって、飴」

「そんなの、俺がいくらでもやる」

「……じゃあ宇治抹茶味の飴買ってきて」

「今度な」

「今」

 意義を申し立てると、ぺろ、と唇を舐められた。目を見開くと、不機嫌そうに顔を歪める。

「……飴の味がする」

「そりゃあ食べてたんだから……」

「あいつがやった飴ってことが気に入らねえ」

 ……小さい。ちっさい。好きだから束縛とかほんとに嫌だ。

「とにかく、俺んち行くぞ」

「……夜には帰るからな」

「いいじゃねえか、たまには泊まったら」

「泊まりなんてしたら父さんに叱られる」

 父さんは厳しいから。無断で泊まりなんてしたら外出禁止令でも出されるんじゃないだろうか。

「……ちっ」

「莱があたしのことを報告してるからな、あたしの行動はあの人らに筒抜けなんだよ」

 あたしが、朝と夜かかってかる電話に出なくても。自分の口であの人たちに説明しなくても。

「莱はあたしよりあの人らの味方だからな」

 扱いづらいあたしに、どう接していいかわからないんだろう。母さんも、父さんも、莱も。

 あたしをどう扱っていいかわからず、家では腫れ物に触れるように扱われる。気を使われてるけど、逆にこっちも気を使う。

 気を使ってばっかりで、あたしのことなんて考えてない。

「あたしの味方はいないんだよ」

「お前の病気は複雑だからな。だからってあんな四六時中見張りを付ける必要もねえと思うが」

「もうずっとだから慣れた」

 ふと自嘲の笑みが浮かんだ。

「羨ましいな。……忘れられるって」

 いくら望んでも、他人を羨んでも。あたしには、手に入れられないものだ。絶対に、手に入らないもの。

 他人のものが良く思えてしまうのは人間の性だろう。

 時々……ふとしたときに思うことがある。あたしが、如月杏莉の娘じゃなかったら。この顔じゃなかったら。この街に来なかったら。この世界に生まれてなかったら。こんな病気、持ってなかったら。あたしが、あたしじゃなかったら。

 あたしは……もっと、笑ってられたんじゃないかって。

 それは、今まで出逢った人や、自分自身や母さんたちすら、否定することになるけど。あたしには、その“もしも”が羨ましくて、輝いて見えてならない。

 ――きっと、この、モノクロの世界は。この、光と闇だけで造られた悲しい世界は。色付くことなく、いつか崩れて消えてしまうんだろう。

 あたしさえいなくなれば、母さんたちも気を病むことはないとわかっているのに、別れることができないあたしが、一番馬鹿なんだろうけど。

 ……1度でいいから。もう1度、モノクロの世界じゃなくて、色にあふれた、煌やかな世界が見たい、なんて。

 そんなの、夢より遠い夢物語でしかないのに。夢を夢と割り切れないあたしは、周りを巻き込んで、ぐちゃぐちゃに壊れていく。それに気がついていても、あたしは、止められない。

 ――ねえ、母さん。

 たくさんの人に、ずっと囲まれているあなたは知りようがないと思うけれど。

 独りは、ずっとずっと、何よりも、恐ろしいんだよ。

***

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