当てもなく、ぶらぶらと。
 夜の町をさ迷っていた僕は……いつしか、人気のない公園に辿りついていた。
 お気に入りのはずの、あの公園だった。
 薄明るい街灯に照らされる公園は、ひどく不気味で。

 この上もなく、さびしくて。
 この前、水無瀬さんと出会った公園と同じ場所とはとても思えなかった。
 外灯の照明は、切れかかっていた。長く伸びた僕の影法師が、不愉快に揺れ動く。
 周囲の木々さえ、お化けに見えた。風に揺られてざわざわ鳴るのも、より一層に不気味だった。
 
 ……彼女が、迎えに来るのだとしたら。
 とても、似合いに思えてならなかった。
 
 力なく、ベンチに腰を下ろす。
 すぐとなりにカバンを置いて、だらしなく両足を投げ出した。

(……ああ、そう言えば)

 ほんの数日前の日曜日。
 確か、ここで水無瀬さんにデートに誘われたんだっけ。
 いい気になって、思い上がってしまった。
 思い返すと、ひどく滑稽だった。

 あはは……僕は、何て笑える道化だったのだろう。
 好意を持っている女の子に、自分もまた好意を持たれている。……なんて、自惚れてしまった。勘違いも、はなはだしい。
 きっと、ただの気まぐれに。少し見知ったクラスメートを誘っただけなんだろう。


 つい先ほど、偶然見かけた光景からそのことを思い知っていた。


 塾の講習で遅くなった僕は、駅前でその光景を見た。 
 見てしまったんだ。 
 コンビニや書店の立ち並ぶ道路を挟んだ先に、たたずむ水無瀬さん。僕は、少し先の横断歩道を渡って声をかけようとして――
 まるで、それを邪魔するみたいに一台の車が、彼女の前に止まった。車に詳しくない簿僕には、高そうな車としかわからなかった。

 嫌な予感がした。
 車の助手席が、彼女の前で開けられる。
 嫌な予感はふくれあがって、確信となった。
 彼女は、笑顔になってその車に乗り込む。走り去っていく車の、運転席の姿はやけにはっきりと僕の目に映った。
 僕なんかよりずっとかっこよくて、年上の男の人だった。そのとなりの、楽しそうな彼女は僕には気付かない。

 それで、僕は理解した。
 理解して。
 思い知って。
 気が付いたら、この公園にいたんだ。
 
     ◇
 
(……母さん、怒っているかな)

 そんなことを思う。
 だけど、別にもうどうでもいい。
 何もかもが、馬鹿らしくなってきていた。
 そう、何もかも。

 親友だと思っていた相手には、今は皮肉と嫌味をぶつけられる。
 両親と担任は、やりたくもない受験勉強を押し付けてくる。
 そして――

(……水無瀬さん)

 勝手に勘違いして思い上がってしまった相手に、自分自身が情けない。

「……もう、どうでもいいや」

 僕は携帯電話を取り出した。
 何だか、無性に喉が渇いていた。けれど、それすらも、どうでもよかった。
 青いはずの携帯電話。照明のせいか、今は真っ黒に見えた。

 電源を、入れる。
 時間は、一時半を示している。
 深夜の、一時半。二時まで、あと三十分。
 ふと見上げた夜空には、瞬く星々。とても綺麗だった。皮肉なほどに。でも、それはそれで構わない。

 画面に目を落とす。着信の履歴が、何度もあった。
 全部、同じ電話番号。あまりにも見慣れた、いい加減に見飽きた、自宅の電話番号だった。
 きっと、遅くまで帰らない僕に怒り狂った母さんが、何度も何度も僕の携帯にかけたのだろう。
 そう言えば、ひっきりなしに携帯が鳴っていた。そして、ほとんど無意識に携帯の電源を切ったのを思い出した。
 履歴を削除していくと、

(……あ?)

 その最中、自宅以外からの履歴もいくつかあった。
 城阪藤二。
 水無瀬なつみ。
 ふたりを思い出して、ますます気分が滅入る。それが、後押しになった。
 受信メールを呼び出す。
 送信者『死姫』のメール。
 
『わたしに、逢いたいの?』

『逢いたいです』
 

『本当に?』

『本当です』
 

『本当の、本当に?』
 

 ぼんやりと、そのやりとりを眺める。
 この場所から、どこかへ連れて行ってくれる少女。
 あと一回で、四回目。
 これが、最期の一歩。この一歩を、踏み出せば――

(……ああ)

 それは、とても素晴らしいことに思えた。
 みんな、僕を傷付けるだけ。
 誰もが、僕を追い込むだけ。
 だったら、これ以上。

 こんな場所に、いたくない。
 もう、たくさんだ。
 もう、うんざりだ。
 ……嫌だ。
 何もかもが、嫌なんだ。
 
「もう、嫌だよ」

 僕は静かに、つぶやいて。
 
 ――時間は、ちょうど午前二時。
 
『本当の、本当に?』

『本当に、本当です』

 
『今から――』

 僕は、最期の一歩を踏み出した。

『――向かえに、逝きます』
 

 メールを、送信。
 その瞬間。
 世界が、変わった。