「いて」

「あんたの番だよ」

「今お前の夢見てた」



靖人が身体を起こし、伸びをする。



「教室で口説かれても困る」

「口説いてねーよ」



見慣れた顔が、腕の陰で小さくあくびをした。

億劫そうに立ち上がると、私をじっと見下ろす。



「昨日の夜、どこ行ってた」

「余計なお世話」

「またあのチャラいリーマンのとこか、絶対だまされてるよお前」



教室の、ほかの子たちには聞こえないよう声を低めて、バカにするみたいに笑う。

野球部で焼けた顔と腕が、男の子らしくて健康そうで、無性に腹が立った。

健吾くんはチャラくないし、"リーマン"なんて呼ばれたくない。

お前なんか健吾くんの足元にも及ばないよバカバカ。



「…どんな夢見てたの」

「口説いてほしくなった?」



蹴ろうとした脚を軽々よけて、机の間をぬって教室を出ていく。

白いシャツの背中は、いつの間にかずいぶんと頼もしい。



最近は夏の到来が早い。

早いうえに唐突だ。

まだ6月なのに、連日30度超えというのは、どういうことだ。

学校帰り、校門前のバス停を無視し、川沿いに少し歩く。

こぢんまりとしたお弁当屋さんをガラス戸越しにのぞくと、中の人影が私に気づき、にっこりした。