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桜は満開だった。


帰宅する生徒たちで溢れかえる一本の道。

これ以上なく花開いたピンク色は枝の色を埋め尽くすほど。ずいぶんと重そうで、枝は必死でそれを支えているように見えた。


「…ありがとう」


隣に並ぶ葵を見上げるようにそう言うと、彼女はほんのりと優しく口元を緩めた。

葵が取り繕ってくれたおかげで、何とかみんなの気持ちを失わずに済んだのだ。感情的になってしまったあたしを責めることも、過去を探ることもしなかった。


「…台本、全部読んだんだ」

穏やかな空気を巻き取るように、長い髪がなびく。

「みんなでやったら、絶対面白いなって思ったの。みんなで人集めて、練習して…稽古して。楽しいよ、きっと。」

「…うん、そうだね」


ゆっくりと頷いて、葵に倣って空を見上げた。

舞台の上に立つ、あの何とも言えない興奮を…あたしはとても、よく知っているから。

空はとても高く、薄付く雲は手を伸ばしたずっと向こうにある。筆で引き延ばされたような、淡い白。

そっと隣に視線をやると、そこには葵の真剣な瞳があった。


「あたしね、桃に頼みがあるんだ」

「…なに?」

「配役なんだけど…ラネーフスカヤ、やらせてもらえないかな」


あたしが目を丸くすると、葵はやっぱりねと悪戯っぽく笑った。

葵の口から飛び出た主人公の名前。

…桜の園の、女主人。


彼女の手元のカバンが、小刻みに揺れる。


「私が女っぽいことすると、期待裏切っちゃうかもしれないけど…」

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