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「…やっと大人しくなったね」


「ああ…ったく、イテテ」



先程までニャーニャーと騒いでいたネコは今、黒瀬の膝の上ですやすやと眠っている。


名前はオリオン、アメリカンショートヘヤーのオスだ。


ひっかき傷だらけの工藤は、気持ちよさそうにゴロゴロ言わせているオリオンを恨みがましそうに見つめながらぼやいた。



「…何故だ、何故俺には懐かんのに黒瀬にはすぐに懐く…!!」


「ホント何でだろうね。こんなに可愛いのに」


「はあああ…」



黒瀬が優しく額を撫でてやると、オリオンは気持ちよさそうにグイーンと伸びをする。


可愛らしいその姿に癒されつつ黒瀬は辺りを見渡す。



工藤の隠れ家とやらはネコのオリオンがいる以外、とても殺風景で物がなかった。



あるのはいくつもの空き部屋と広いリビングとソファ。


それと必要最低限の家電と、たくさんのダンボール箱。



「…そのダンボール何ですか?」


「ああこれな、これは君の服やら歯ブラシやら、ここで生活するために必要なもの一式だよ」



衛宮さんに準備してもらったんだ。



「見てのとおりここには何にもない。俺が住んでたっつっても寝るぐらいしかしてこなかったからな」


「服まで…どうやって?」


「昨日のうちに真妃がサイズ確認してたらしくてね、『手配は任せて!凪咲ちゃんにばっちり似合う服準備してあげる!』てさ。まあ中身は自分で見て。気に入らなかったら遠慮なく言ってな」



あと黒瀬の部屋はそこ。


ベットやらクローゼットやらなんやら揃ってるから。



「衛宮さんに準備してもらったから趣味は悪くはないと思うけど、好みではないかもしれない。そこは我慢して」


「…うん、わかった」


「で、そこの部屋はオリオンの遊び場。であっちの二部屋は使ってないから自由にどうぞ」



あ、そこ曲がったらバスルームがあって、と工藤は部屋の説明を続け、最後に一番隅にある部屋の扉をさして言った。



「あれは、俺の部屋。見てもいいけど、さして面白みはないよ。たぶんね」




その時の、扉を見つめる工藤の瞳が、どこか空虚で寂し気で、冷たくて


黒瀬は無意識に尋ねていた。



「…中には、何かあるの?」



彼女の問いに、工藤は無表情のまま小さく鼻で笑い、応える。



「…別に何も……何も、ないよ」



そう言った彼の顔は見たこともないくらい暗く無表情で、黒瀬は小さく身震いした。




そしてそれ以降、黒瀬は彼の部屋の話には一切触れなかった。




それから数時間後。


工藤は呼び出しがかかり一旦警視庁へ


数時間で戻り、今後はずっと一緒に居るとのこと。


残った黒瀬は広いバスルームでゆっくりと体を温めた後、真妃が見繕ってくれた趣味の良いパジャマに袖を通し、髪を乾かしながら工藤が用意してくれたベットに腰かけた。


広い寝室に、大きなふかふかのベット。


ぼふっと音を立ててベットに倒れ込んで天井を見上げていると、すっかり懐いたネコのオリオンがベットに飛び乗って来る。


ゴロゴロのどを鳴らしてすり寄るオリオンを撫でながら、黒瀬は話しかけた。



「…ちょっと、怖かったな…さっきの工藤さん」



ねえ、そう思わない?オリオン


そう尋ねるとオリオンは「ニャーー」と鳴き、しっぽをパタパタと布団に音をたてて当てるだけ。


そのしぐさに小さく笑い、黒瀬はそのままゆっくりと夢の中に落ちていった。