しんと静まり返る旧校舎内は、ひどく閑散としていた。

捨て置かれたような古椅子に、取っ手のとれた花瓶。

そのものたち一つ一つは世の中から置いて行かれてしまったものばかりだった。突然紛れ込んできたあたしを歓迎することはなく、しかし拒絶することもしない。

ゆっくりと階段を昇ると、あたしの足取りに合わせてギィ、ギィ、と傷んだ音がついて来た。

階段を上がってすぐに立ち並ぶいくつかの部屋。
教室だったであろうそこは、何も残ってはいなかった。ただ埃っぽく時間が止まったような空気があるだけだ。

濁った空気が気管に詰まって、思わず小さく咳込んでしまった。


もう引き返そうか──そう思った時だった。


「〜っ!?」


ガクン、と何かに足を取られ、反転した視界。

突然のことにバランスを崩したあたしは、重力に抗う暇さえなかった。

床に打ち付けられた腰に、鈍い痛みがじんわりと走る。


「いっ…たぁ……」


…どうやら部屋の仕切りにある、段差を踏み外してしまったようだ。薄暗いから全く気付けなかった。

腰をさすりながら顔を上げると、その部屋の中は今までの教室とはずいぶんと違っていた。

書き割り、照明機材らしきもの、それにずいぶんと洒落込んだベンチやテーブル。

いくつか積み上げられた段ボールからは、バッグやフリルのついたドレスが溢れんばかりにはみ出ていた。


「何なの、これ…?」


一番近くにあった段ボールから出ていたヒモを引っ張り出す。

縮れたヒモと思っていたそれは、栗色をしたウェーブのカツラだった。

まるでどこかの英国の、お姫様みたい。

「……?」

ふと見ると、その段ボールの底には色褪せた本のようなもの。

そうっとそれを取り出して、汚れた表紙を手で払う。すると、そこには印刷された活字が生まれた。

その文字を追って読み上げる。


「“桜の園”…?」


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