と、ここまで黒瀬凪咲がいかなる人物か観察し気づいたことを述べてきたわけだが、どうしてこんなことをしているかという事を話しておこう。




今回の『黒瀬凪咲を警護せよ』と言う任務


工藤はこの任務について、黒瀬凪咲を警護するという事以外、何一つ情報を与えられていないのである。


普通なら、警護対象の家族構成から今までの経歴、何故警護対象となったのかの理由ぐらいならあらかじめ教えられるはずなのだが。


任務を言い渡された雪村から、その類の情報は一切教えられていない。



『お前はただ、黒瀬凪咲を警護すればいいんだ』



そう言われて早一か月。


工藤は任務の傍ら、彼女を観察し黒瀬凪咲の情報を何でもいいから仕入れるしかなかった訳だ。





それにしても情報が少ない。


せめて、一体何から彼女を警護すればいいのさえ教えてくれたら…!!



そんな事を考えつつ、今日の警護が終わり警視庁に戻った工藤。


もう夜十二時を回ったため刑事はほとんどいない。


がらりとしている一課の部屋に入り、報告書をまとめる為自分のデスクに向かった。


すると、自分のデスクであるはずのそこに居眠りをしているジジイが一人。



「……おい、玉露のジジイ。起きろ」



ゴツッ!!



「うごっ!!!……やべえ、テメェがおせえから寝ちまった」



殴られた頭をさすりさすりしながら身体を起こすのは佐久間。



「こっちは疲れてんすよ、報告書かかなきゃいけないし…何なんですか」



佐久間を押しのけ、自分の席に腰を下ろして書類に手を伸ばす。


そんな工藤を、起き抜けのねむたげな眼でぼんやりと見つめながら、佐久間は尋ねた。



「黒瀬凪咲はどうだ?」



唐突な問いに、工藤は報告書を書く手を止め、振り返った。



「…どうって、普通っすよ。この一ヶ月特に変わった行動もなく淡々と毎日を過ごしてます」



工藤が純粋に感じたことを報告書通りに述べると、そうじゃないと佐久間は首を横に降った。



「任務の報告を聞きたいわけじゃない。お前の目に、黒瀬凪咲はどう映ったのか聞きたいんだ」



そう言った佐久間の目は、けしてふざけている様には見えなかった。


ただ真剣に聞きたがっているのだ。



「…黒瀬凪咲は、変な子ですよ。外見はともかく根は優しいはずなのに友達がいなかったり、猫は好きなくせに犬は嫌いだったり、警察の真似事をするくせに警察は嫌いだったり。一ヶ月見てきただけでこれだけ矛盾が見つかる」


黒瀬凪咲はやっぱり変だ


でも、



「変だけど、悪い子ではないです。何のために警護してるのか知りませんけど、守ってやりたいとは思います」



あの子に警護は必要あるのか甚だ疑問ですけど




眉を顰めてそう言うと、それを聞いた佐久間は大きな声で笑った。



「あははは!!そうかそうか、それならいい!!これからも頼むぞ工藤!」


バシバシと工藤の肩を叩き、豪快に笑う。


この時、なんとなくだが、工藤に黒瀬凪咲の情報が一切渡されなかった理由がわかった気がした。


きっとこの人たちは、書類の上での黒瀬凪咲という人物ではなく、本当の彼女を見て欲しかったのだと。


自分の目で見て、肌で感じた本物の黒瀬凪咲を警護して欲しいと思ったのだと。



(…やってみるか)



まだまだ分からないことばかりだが、もっと黒瀬凪咲と向き合ってみたいと、そう思った。