「中絶するなら、今月中にした方がいいよ……」


 ポツリと、独り言のように啓子がつぶやく。
 その暗いつぶやきに、ドキッとした。

 中絶には、二種類あると教科書に書いてあった。
 初期の中絶と中期の中絶。
 そして、中期を過ぎれば中絶は出来なくなる。

 お腹の中に器具を入れて赤ちゃんを取り出す初期中絶と、人工的に陣痛を起こして死産させる中期中絶。

 赤ちゃんが大きくなればなるほど負担が大きくなる中絶は、早く決断すれば決断するだけ母体の健康はあまり損なわれずに済むらしい。
 赤ちゃんだって、大きくなって体が出来上がれば出来あがるほど痛い思いや苦しい思いをするんだと思う。

 前に中絶の話をしたとき、啓子は中期中絶だったと言っていた気がする。
 すごく痛くて大変だったと言った啓子は、どれだけの負担と引き換えに赤ちゃんを失ったんだろう。
 赤ちゃんは、どんな思いで啓子のお腹からいなくなったんだろう。

 初期と中期の境目。
 きっとそれが、今月末。

 どうせ中絶を選ぶなら、お互い苦しさも痛さも軽いほうがまだマシだと思う。

 思わず助け舟を出してしまったけれど、本当はいけないことだったのかもしれない。

 そう思いながら、私はハイビスカスティーに手を伸ばした。


「そーいえば、心当たりの日とかあるの~? コンドームやぶけちゃったーとか」


 コンドーム、という単語の登場に思わずハイビスカスティーを噴き出しそうになる。
 最近のティーンズラブにはちゃんとそういう描写が描かれてたりもするけど、不意に聞くと動揺してしまう。


「アフターピルとか緊急避妊薬とかいって、そういう避妊に失敗しちゃったときに飲むお薬とかもあるんだよ。産婦人科でお医者さんに言えばもらえるから、憶えといた方がいいよ~」


 授業でやってたかな?
 やってたとしても、さらっとだったのかあんまり記憶にない。
 でも、緊急時に入手しやすいように薬局で買えるようにみたいな話、ニュース見たような気もする。
 

「……千奈美?」


 黙ったままの千奈美に、啓子が首を傾げる。
 それでも、千奈美は俯いたまま何も言わない。

 お茶を吹き出しそうになって固まった私とは、まったく違う硬直の仕方。
 さっきから緊張しっぱなしみたいな感じだったけど、それとも違う。


「もしかして、千奈美……」


 教室を出るときに、脳裏を過ぎった考え。

 好きだから拒めなくて応じてしまったセックス。
 なら、もしも夏樹くんが避妊に協力してくれなかったら?
 それでも、毅然とした態度が取れずに拒めなかったら……


「もしかして、してなかったの?」


 啓子の口調から、間延びしたやわらかさが消える。


「だって、夏樹くんが……」


 言い訳をしようとする言葉が、答えだった。