まぁ、数ヶ月だしこれも親孝行だと思って頑張るか、と俺は肩を回した。
「んじゃ、麻実、行くよ。」
俺が手を差し出すと、麻実はニコニコしながら俺の手を握り返し、案外あっさりと付いてきた。
手、こんなにちっちぇーのか…。
いかに自分が麻実を見ていなかったがすぐにわかって、小さく心が痛む。
車に乗ってまた2時間半。
夜ごはんには少し遅い8時頃、俺のマンションに着く。
預けられた麻実の荷物を持って、途中で寝てしまった麻実を起こす。
「麻実、着いた。今日は兄ちゃんと一緒な。」
麻実はしばらく寝ぼけたまま、うにゃうにゃと言いながら目をこすっていたが、眠っていた間に異世界にでも連れて来られたような顔で俺を確認し、わんわん泣き始めた。
どうやらあんまり優しくはない俺が近くに散歩にでも連れていってくれるとテンションが上がっていたようで、決して状況を理解している訳ではなく、それこそ両親のもとにはすぐに戻れると思っていたようだ。
大人しい麻実しか見たことのない俺が少したじろいでいる隙に、麻実は車内だというのに俺を叩き始め、涙で言葉にならない帰る帰るを繰り返している。
俺も好きで預かった訳じゃないのにと、イラッとしかける自分を自制してゆっくり麻実の手を取る。
とりあえず今は家に入ろう。
グスングスン言っている麻実を抱きかかえ、これまた案外思っていたより重いのだと初めて知り、ソファに座らせる。
「麻実、お腹空いたよな?俺作るけど、オムライスでいい?」
「オムライシュ!?」
まだうるうるの瞳に少しだけ光が差す。
正解だったか、と心の中でガッツポーズ。
ちょっと待っててなーと言うと、太ももが温かい。
麻実が走ってきて、俺にしがみつきながら笑っている。
子どもはやはり単純なのか、ちょっと安心したのだが、グリンピースのうたを歌えとリクエスト。
ごはんがオムライスの時のルールらしいが、グリンピースのうたってなんだ…。
グリンピースが嫌いな麻実のために父さんが作ったようで、その割に父さんは音痴なのでもっぱら歌うのは奥さんだろうけど、俺も昔ねぎが嫌いだった時ねぎのうたあったなぁなんて思っていると、早く早くと催促。
そういうことならグリンピースは食べなくてもいいよと今日のところは丸く収めようとしていたら、そこは頑固な麻実が違う!と怒ってくる。
知らないものは知らないので、麻実にお手本見せてと言ったら俺がちゃんと覚えるまでエンドレスリピート。
目の前のオムライスが全てグリンピースに見えてくるほどの洗脳だ。
さて、できたできた。
後輩にもらったオレンジジュースの缶、取っといてよかったなんて考えながら二人でごはん。
せっかくご機嫌になったのにまた暴れられるのはイヤだったが、もう誤魔化しきれないからさっきの続きで状況説明。
「麻実、よく聞いて。父さんとお母さんは事故でちょっとケガして、しばらく病院にいなきゃいけないから、その間だけ兄ちゃんとここでお泊まり。いいか?」
しばらくって?
麻実が小首を傾げる。
「半年くらいかな。」
「はんとし〜?」
「えっとだから、夏まで。だな。」
1日や2日ではないことに絶望したような顔で麻実は俺の顔を覗き込み、治るの?と聞いた。
治るよと答えたら、唇を噛んで小さく頷いたので、俺は頭をそっと撫でる。
あれ、自分ってこんなんだったっけと不思議に思いながらも、自分の中で少しずつ麻実が可愛く思えてくるのを感じていた。
明日は会社にも連絡を入れて休みを取ったから大丈夫。
麻実も慣れない場所だがネコのぬいぐるみで眠れそうだし、ほっとして俺は布団を譲りソファで眠りについた。