「稲葉く……んっ」
彼の名前を呼んだ瞬間、その唇が私の唇にふわりと触れてきた。
あたたかくてやわらかい感触はすぐに離れてしまうけど、潤んだ熱い瞳が私をしっかりと捕らえる。
私の形を確かめるように頬を滑る稲葉くんの親指の動きが気持ちよくて、もっと触れて欲しいと思ってしまう。
「ねぇ、咲世。“縁(えにし)”って呼んで?」
「……縁」
「うん。咲世」
やさしい笑顔が降り注いで、胸がきゅうっと甘く締め付けられる。
もっと、その笑顔が見たい。
「……縁」
「咲世」
もっと、その声で、私の名前を呼んで欲しい。
……この溢れ出しそうな気持ちを受け止めて欲しい。
私は縁の背中に腕を回し、胸にぎゅうっと抱きつく。
「……縁、好き。大好き」
「……俺も。咲世がすっごく好き。……っていうか、何? 咲世、俺のこと、どうしたいの」
「……どうしたいって? 縁が好き、って伝えたいだけだよ?」
「……」
伝わらなかったのかな?と縁からそっと離れて顔を見上げると、縁から「ほんと、咲世はズルいよなぁ」と溢れる。
少し困ったような縁の笑みが目に映ったかと思えば、あっという間に私の視界は暗闇に襲われた。
そして私の唇に触れる、柔らかい縁の唇。
さっきよりも縁のぬくもりが伝わってきて、私はその波にのみこまれていく。
……体が、熱くなっていく。
「……咲世のこと、もっと教えて。全部、知りたい」
「……うん」
私も、縁のこと、もっともっと知りたい。
この日、私も縁も、はじめてお互いのぬくもりをたくさん確かめ合った。