昨日、前会長の体調がすぐれないから、式を早めてくれと梨花の父に言われた。

「……死なせない。
 俺が殺す前に、呑気に病気で死ぬなんて真似、絶対にさせない」

 ふっと夕べの那智とのキスが思い起こされた。

 本当はなにもしない方がよかったんだろうけれど。

 あれくらいの思い出を抱いていくことくらいは許して欲しいと誰にだかわからないが、願っていた。

 神様なんてきっと何処にも居ないけど。

 もしかしたら、那智を自分の許に寄越したのはそういう存在なのかもしれないとも思う。

 あの呑気な顔を見て、思いとどまれというように。

 那智が見た目通りにのんびり生きてきたわけではないことはわかっている。

 それでもあんな風に生きられる彼女をすごいと思う。

 それは、自分では決してたどり着けない場所だから。

 だからこそ、自分などが那智に触れてはいけないと思っていた。

 自分のような人間が彼女に傷を残してはいけないと……

 そう思っているのに。

 デスクの上に置いてある携帯が震える。

 少し迷ってそれを取ると、那智だった。