『父上!!何をしてんの!
早く行かな場所取られてまうで!!』


障子戸を勢いよく開けるなり、時夢は部屋の中へと声を投げつけた。


そこには二人の男が相対して座って居た。


一人は時夢の父親である橘時継〈タチバナトキツグ〉で、もう一方の黒ずくめの男が神田だった。


神田は屋内だというのに黒笠を被ったままの状態で座っている。


『これ、時夢。客人が来ておるのだから騒がしくするでない』


時継は娘へと目をやると静かに制した。


『ちと、急用が入ってな…。
済まんが今年の花見は祇園と時道の3人で行きなさい』


どこか想定していた父のその言葉に、時夢は神田を憎々しげに睨みつけた。


時夢は、たびたび橘道場の本邸に姿を見せるこの不気味な男が大嫌いだった。


彼が訪れた後には決まって、父が長時間に渡って家を留守にするからだ。

『そ…その事用って、母上の命日よりも大事なことなん?
だって…だって毎年、この日は皆で…母上が大好きやった桜を見るってのが…家族の決まりごとやったやっ…!!』


悔しさで語尾を荒らげた時夢だったが、父の瞳を見た瞬間に言葉を引っ込めるように口をつぐんだ。


いつもこうだった。
神田といる時の父は、時折恐ろしいほど冷たい目をするのだ。