『何処へ行ったんだい…』


不気味な雰囲気に肩をすくめた矢加部が蚊の鳴くような声を漏らす。


―ザッザッザッザザザ…


何かが近づいてくる。
明確な殺意を発しながら迫りくる何かの感覚に、髭男が腰に差している刀の柄を握った、その瞬間―…。


『ぐあっ…!』


刀を抜こうとした髭男が激痛に顔を歪めた。


突如、横の茂みから伸びてきた刀身が、柄を握る髭男の手首を貫いていたのだ。


笹の隙間から差し込む夕陽の朱を鈍く反射させる刀身はゆっくりと動き、髭男の手首から抜けて離れた。


『3人も用心棒を連れてるから、どないしよか思たけど、上手い具合にバラけてくれて助かったわ』


そんな声と共に茂みから姿を見せたユメに、矢加部が後ずさる。


ユメは、血の付いた隠ノ桜一文字の切っ先を見つめて目を細めた。


(居酒屋の男たちが俺の用心棒だと知っていた…?)


矢加部は背筋が凍りつくような感覚に呆然と立ち尽くした。


『このっ…!糞アマ…殺してやる!!』


髭男は怒りに声を上げ、痛みに物怖じせずに力を込めて刀を抜こうした時、あることに気がついた。


(なっ…!
竹が邪魔で…刀が…)


動きを阻むかの如く自分をとり囲んでいる竹を意識した時には、もう既に遅かった。


―スン…


竹の隙間を抜けてくる隠ノ桜一文字の尖端が、髭男の首を驚くほど静かに刺し貫いた。