『旦那!』


突然響いた声に、矢加部は飛び上がる程驚いた。

振り返ると、そこには居酒屋でユメに絡んでいた野武士の一人が立っていた。


『何だ…お前さんか。
脅かすんじゃないよ全く』

矢加部がため息をつくと、髭むくじゃらの野武士を睨みつけた。


『アンタがいきなりあの女連れて居なくなるから、俺たちは手分けして探してたんだぜ』


髭男は額を流れる汗を拭いながら呆れたような表情を浮かべた


『五月蝿いよ。
華やかな京都の町を、お前さんらみたいなムサ苦しいのを連れて歩けるかってんだよ』


『そうはいかねぇ。俺たちはアンタの親父さんに、アンタを護るように言われて用心棒やってんだからよ。
親父さんも言ってただろ、京都までの道中より京都に入ってからの方が危ないって…』


髭男のその言葉で、矢加部は旅立つ前に父から言われた事を思い出した。

(京都は一つの國だ)


父はそう言って、気をつけるようにと何度も念をおしてきていた。


『あ〜、わかったから大人しくしておくれ。
今から、大事なとこなんだよ』


矢加部は首をふり、その記憶を振り払った。


『大事なとこ?
というか旦那、あの生意気な女は何処へ?』


人差し指を唇に立てながら竹林へと目を凝らす矢加部を、髭男は怪訝な表情で見つめた。


『その、生意気な女が小便をするって、この中に入って行ったんだよ』


矢加部がそう言って笑みを見せると、状況を理解した髭男は口許を弛ませた。