カチャン…とキーチェーンの外れる音がして慌てた。

一週間以上もの間、『ゆる彼』の顔も見れない。

「何か不安は?」と聞かれ、「あなたと会えないのが一番不安です」とは言えなかった。


リビングのドアへと走り寄った。

気まずい雰囲気のまま行かせたくなかった。
笑顔で「行ってくるね」と言って欲しかった。


でも、私は何処までもついてなくて……



…ガタン!という物音に振り返った。

おばあちゃんは膝の上にカップを落とし、湯気の立つスープがスカートの上を濡らしてる。


「おばあちゃん、大丈夫ですか!」


高齢者の皮膚は脂肪も水分も少なくなってる。
ハリもない皺の寄った表皮は薄くて、とてもめくれ易くなる。

それが分かってるから焦った。
スカートの上に置いていたバスタオルの厚みのお陰で、辛うじて足には赤みも何も見られていなかった。


…ホッとした時は遅かった。

既に久城さんは出かけた後で、クローゼットに用意されてた出張用のスーツケースも無くなってた。


ペタン…と座り込んだクローゼットの中で、あたしは言いようのないもどかしさを感じた。

署名されたままで提出にも行けてない婚姻届が入った箱を見つめ、自分はどうして此処にいるんだろう…と思った。



『後から騙されたと言って泣きついてこないように!』


釘を刺すメグの言葉を思い出した。


これまでで一番気が合いそうな人だと思ってた気持ちが、次第に自信を失っていく。


崩れてしまいそうな自分の理想に、溢れてくるのは涙ばかりだったーーー。