押し開けられた診察室の向こうに座っていたのは、髪の毛を中央で分けた30代半ばくらいの若い医師だった。
おばあちゃんの主治医に当たる先生はお休みで、内科の担当医はその人しかいない…と言われた。


診察室の近くに掲げられた医師達の名前を見上げながら、嫌な予感がしていた。
違う人でありますように…と願いながら診察室へと入り、白衣を着た人を見た瞬間、背中を向けて出て行きたくなった。


ーー黒い革張りの回転椅子に腰掛けてたのは、以前半年間だけ付き合ったことのある男性だった。


おばあちゃんを引き連れて椅子に座らせた久城さんが「初めまして」と彼に声をかけた。




「…どうも。よろしくお願いします」


くるりと椅子を回転させた医師は、おばあちゃんではなくあたしを見た。

おばあちゃんの背後に立ってたから視界に入り易かった…と言えばそれまでだけど、見覚えのある顔にハッとして、少しだけニヤッと笑った。



「…久しぶり。甲本さん」


不敵な笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
久城さんは「えっ…」と小さな声を発して、あたしと医師の顔を見比べた。



ギリッと奥歯を噛んで、頭を下げた。
この人と付き合ったことは、今でも一番後悔してる。
二度と会いたくない…と思った人でもある。
なのに、どうしてこんな所で出会うのかーーー。


「知り合い…?」


久城さんに聞かれ、迷うように頷いた。
医師の『武内 隼斗(たけうち はやと)』は微笑んで、「ちょっとした顔見知りですよ…」と説明した。