「今日も帰るの遅くなるから」

「……そう」


そう返事をするものの、相手の顔を見る事もなくキッチンでさっき開けたビールに口をつける桜。


それを特に気にする様子もなく玄関へと消えていく男。その男の後をついていく様に家を出ていく子供。


それが桜にとっての毎日の光景だ。


こんな風になった全ての始まりは、桜が旦那であるユウキの浮気に気付いた日からだろう。


増える残業と休日出勤。


そして何故か残業や休日出勤があった日は、帰ってきたユウキのカッターシャツに甘い匂いがついており、アイロンがかかっているという謎。


まさか…と最初こそ思った桜だが、毎回の様にそうなっていれば嫌でも気付く。


そして極めつけは、ユウキが出張だと言って帰ってきた日の次の日に、ポストに入れられていた紙袋だった。


綺麗な真っ白な紙袋に入れられた、ピシッとアイロンがかけられた男物のパジャマ。その上に乗せてあったメモ用紙。


メモ用紙には真っ直ぐ丁寧な字で『忘れもの』と書かれていた。


ユウキは出張に行っていたのではなく、旅行に行っていたのだとわざわざ知らせる様なメモを残されたら、普通は見なかったふりも出来ない状態だ。


それでも桜は見なかった事にした。