「ちょっと、詩織ちゃん……?」


 高宮。おまえ、何を言おうとしてるんだ? 俺は、もしかして期待してもいいのか?


「課長が私をって聞こえましたが、それは逆です。私が課長にくっ付いてるんです。責められるべきは、私の方です」

「え? 冗談でしょ? 詩織ちゃんったら、真顔で冗談を言うのね」

「いいえ、本当の事です」

「嘘。そんなはずない。違うわよね、速水君?」

「え? いやあ、それは……」


 こっちに振られても、俺はどう答えていいか分からなかった。わざわざ嘘をついて「違う」と言うのは変だし、かと言って「本当だ」と言うのは照れ臭いし……


「何なのよ、もう…… 詩織ちゃんったら、飲む前にもう酔ってるの? 飲みましょ、飲みましょ? はい、乾杯」


 野田と高宮はグラスをカチンと合わせ、俺も遅ればせながら二人のグラスとカチカチと合わせた。そして高宮は小さな口をグラスの淵に着け、ゴクゴクっと水割りを飲むと、


「ああ、美味しい……」


 と、幸せそうに言って微笑んだ。高宮は、酒が飲めるというレベルじゃなく、好きなんだなと思った。俺も好きだから、いいんだが。

 好き、かあ……


「真面目な話、相手が上司だからって我慢する事ないのよ、詩織ちゃん。嫌なら嫌って言わないと。もしこいつがシツコかったら、セクハラで訴えちゃえばいいんだから。その時は私に言って。ね?」


 野田のやつ、振り出しに戻るつもりだな。

 でも、解るよ、野田の気持ち。俺だって同じだから。俺自身、今の状況を信じられていないんだ。夢か、はたまたドッキリか、そんな風にしか思えないんだ。


 野田が思った通りって事にしておけばいいんじゃないかな。その方が八方丸く収まると思う。ところが……


「恵子さん。私が言ってる事は本当です。信じてください。私、課長にご迷惑を掛ける事だけは、絶対にしたくないんです」


 当の高宮は聞かなかった。