彼が動いた。と思ったらまた、彼の腕の中に抱きしめられていた。

「……どのくらい、時間がかかるか分りませんが、必ず迎えにきます。ですから……待っていてください」

私の頭の上で、彼のくぐもった声がする。

「え……ここで、一人で?」
不安になって声を上げると、ラジールは少し体を離して私の顔を覗き込んだ。

「姫、次に私がここへ来る時はきっと、私があなたのそばにいることを、誰も邪魔できなくなっているでしょう。たぶん、ほんの2、3日で済むはずです」

「本当?! わぁ、素敵! 嬉しいわ!」

 わけも聞かず、ただ単純に喜ぶ私を、ラジールはじっと見つめた。かと思うと屈み込んできて、再び私の唇に口づけた。でも今度は軽く触れただけで、すぐに離れていった。

「姫……どんなことがあっても、私はあなたを守ります。……信じてくださいますか?」
「ええ、もちろんよ、ラジール」

 即座にそう応えた私を、彼はさぞかし、バカな子供だと思ったことだろう。
後で思い出した時、自分でもおかしくて吹き出しそうになった。そしてもう少しで、泣き出してしまうところだった。


……もちろん、私は、信じてはいけなかったのだ。


なぜなら……私と彼の関係は、搾取する者とされる者。

家畜、あるいは奴隷とその主人。

彼にとって私は、自分たちの種の存亡を握る憎むべき種族の一員。

恨みこそすれ、愛など生じるはずはないのだから……。


けれどその時の私は、幸せ過ぎてまるで夢の中にいる気分だった。

あまりにも子供で、あまりにも無知だった。

この世には、取り返しのつかない過ちというものがある。……そんなことは、これまで生きてきた14年間、考えてみたことすらなかったのだ。