独り言のように言い終えた一弥さんは、ふいっと顔を逸らすように上向きにさせながら笑って話を変える。

「そうだ。俺、明日から仕事決まったから」
「そうなんですか? どんな仕事ですか?」
「俺、前の仕事で結構PC内部弄れたからそれ関係で。システム系わりと得意なんだ。あ、もちろん今回は正当な仕事内容だから!」
「『正当』って……」

今までギリギリのことしてきたのかな? やっぱり……。

そんなことが頭を掠めると、不意に右手を掬いとられるように繋がれる。
その手の温もりはやっぱり変わらず温かい。

「でも、すごいですね。そんなに早く転職できるなんて」
「そりゃ、目的があるからな」
「?」

ぎこちなく繋いだ手を握り返しながら首を傾げると、今度は何度も見てきた勝気な笑顔の一弥さんが私の前に現れる。

「今度は奥村一弥として茉莉の家に行きたいし。茉莉のお父さんに挨拶するのに恥ずかしくないようにしておかなきゃな」

あまりに突拍子もない彼の〝目的〟を耳にして、私の頭は完全にフリーズしてしまった。
彼は、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる私を可笑しそうに見て笑う。

それは私の反応を見て楽しむためのちょっとした冗談かもしれない。
そう思いつつ、心のどこかで『本気かもしれない』と期待もして。

だって、一弥さんがああいうふうに口元に笑みを浮かべる時は、決まって遂行する時だったはずだから。
そして、そんな強気で笑いながら手を取るこの人が、やっぱり好き。

「そんなの気にしなくても大丈夫なのに」
「そうはいっても仕事の印象は大きいだろ」
「でも、それだけじゃ人となりは量れません。その時は、私がちゃんと説明します」
「へぇ。頼もしいな。なんて説明してくれんの?」
「え? えぇと、たとえば……」

ニッと口角を上げて試すように私を覗き込む。
その視線が落ち着かなくて、目を泳がせた私はまともに考えることが出来ない。

「め、面倒見がいいとか、人当たりがいいとか……私を――」
「『私を』?」

〝大事にしてくれてる〟とか。

そう頭に思い浮かんだけど、あまりに自意識過剰だったから口にするのを控えた。
すると、余裕顔で笑う一弥さんが、顔を覗き込ませたまま視線を合わせて言う。

「〝世界一愛してる〟……とか?」

臆面もなく口に出されたその言葉は、私の想像を遥かに超えてて今にも全身が沸騰しそうだ。

「な、な、なっ……」
「いいね、それ。期待してる。楽しみできたな」

白い歯を覗かせてさわやかに笑う顔になにも言えない。
もう、その顔だけで胸がいっぱいになるほどあなたの存在が私の中を占めてるから。

「たとえ話はおしまいです……!」

恥ずかしくてそう言い放った私の手を、優しく握ってくれる。

たとえば、この先不安になることがあったとしても、私はこの手を離さないでこの熱を覚えていよう。

彼と出逢えた時の気持ちをいつでも思い出せるように。
そして、願わくば彼も思い出してくれるように。

恋した瞬間と、それに続いているこの想いを。




*おわり*