東雲さんと別れて駅に立つ。
少し、お酒のせいで顔が熱い。それを覚ますように、風が頬を撫でていく。

ふわっとしてるのは足取りだけじゃなく、気持ちも。
二十二歳にもなって、いまさら〝友達が出来た〟みたいな心境って我ながら子どもっぽいけど、そんな感じ。

たったこんな出来事だけで、景色も明るく見えるくらいに気持ちが浮いてる。
それだけ今日は、楽しかったっていうことだ。

トン、と柱に背を預けると、薄い生地を通してひんやりとした感触がする。軽く項垂れて足元を見ると、あの人から貰ったパンプスが視界に入った。
反対側のホームに列車が来て、やや強い風が髪を靡かせる。ラッシュ時よりも少し静かなホームで、ゆっくりと瞼を伏せた。

明日は休み。
あれから、早番の後と休みの日の時間は、あることに費やしている。

近郊の探偵事務所の類を片っ端から調べてるい。
もちろん、目的は彼に会うためだ。

初めは、彼が職場で自己紹介をしていた『S・Aコンサルティング』という会社を探した。が、そんな会社は実在していなかった。
電話は繋がらないし、貰った名刺に記載されている情報も全くデタラメだったのだ。

早々に彼を辿るヒントがゼロになったと途方に暮れたが、ふいにひとつの考えが頭に浮かんだ。

彼も、みのりさんという女性も、偽名を使っていた。
偽名を使って普段から仕事をしていると仮定したなら、そういった職種は限られる。
たとえば、芸能人や執筆業の人。ホストクラブやキャバクラで勤務している人もそうなのかもしれない。

けれど、彼らに至っては当てはまらない気がした。
残すは探偵とか、そういった類なのでは……と行きついたのだ。

そこまで勘を働かせてみたものの、本当に情報がない。
『みのり』さんと、『いちや』さんという名前くらいしか知っている情報がないんだもの。
それだって、もしかしたら本当の名前じゃないかもしれない。

そうなると、もう私の出来ることは、直接会えるように彼らの活動場所を探し当てるしかない。

どのくらいの圏内で探せばいいのか。しらみつぶしに当たるにはあまりに数が多すぎる。
それでも、不思議と今の私は諦めようと思うことはなかった。

彼の優しい手でトン、と背中を押された感覚を思い出し、私は今日も前を向く。

あの手の感触に、いつでも何度でも強くいられる。