それがすっかりと飛んでしまって、目の前の広海くんの姿に圧倒される。
指一本動かせず、呼吸もままならない私を眉を顰めて見た広海くんは、痺れを切らして部屋へ引き入れた。

バタン、と閉まる玄関の音に肩を竦め、視線を足元から上げることも出来ずに固まる。
引いた手を放した広海くんが、ベッドに腰を下ろすと煙草を咥えた。

「急に、何?」

低い声にびくりとし、恐る恐る顔を上げていく。
タバコに火をつけた広海くんは、長い息と共に紫煙を吐き、気怠そうに髪をかきあげた。

「来るなら連絡くらいしろよ。俺だって色々」
「わ……別れたいの」

追い込まれた結果、極論だけを滑らせてしまう。それを補足する言葉なんて当然思い浮かばなくて押し黙っていると、広海くんがタバコを親指で遊ばせているのが目に入った。

タバコを挟める左手をそういうふうに頻りに動かしている時は、決まって苛々としている時だ。

案の定、彼は苛立った口調で言った。

「は? 茉莉、それ何の冗談? 全然笑えないんだけど」
「だ、だって! この間見たから……。広海くんが他の人と一緒にいたの……! 突然来て困るのは、その人と約束してたりするからなんじゃないの……?」

戦々恐々として口にすると、広海くんは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに冷静に言い返してくる。

「それ、本当に俺だったって証拠はあんのかよ」
「しょ、証拠……?」
「茉莉。撤回するなら今のうちだぞ? なに。お前、他に男いるのか? それで俺を捨てるの?」
「や……捨てるとか、そういうんじゃ」
「同じことだろ! 俺は別れないからな!」

ガタッとテーブルを蹴り倒し、威圧的なものの言い方をする彼の目は怒りに満ちていて、その目を前にすると私は身動き出来なくなる。

萎縮して言葉を失いながらも、両手の中にある携帯を感じてどうにか真っ直ぐと立っていた。そして、携帯をグッと握りしめ、精一杯鋭い視線をぶつける。

「だって、こんなの続けてたって」
「黙れよ! 茉莉は俺のモンだろ!」
「きゃっ……!」