「しつこいんだよ! いい加減に諦めろ!」

夜も遅くなり、人波もまばらになっている街。


そんな中、更に人気の無い路地裏で覆面を被った男が、1人の中年男性に一方的な暴力を振るっていた。



「さっさとよこせや! オラッ!」

地べたに横たわっている男性に、覆面の男は鳩尾に容赦なく鋭い蹴りを入れていく。



「う、げぇ、ぐっ……」

激しい衝撃に意識が飛びそうになるが、それでも男性は歯を食い縛り、茶色い長財布をしっかりと握り締めたまま離さない。



「……このかね、は…………いのちより、だいじなんだ……! わたしたり、なんか……しないっ!」

キッ、と覆面の男を睨みつける男性。

彼には この財布を手放す訳には いかない理由があった。

何故なら、財布の中には病に苦しむ妻の手術費用が入っていたからだ。

男性の家庭は決して裕福とは言えない――俗に言う“貧乏”である。

一般的な家庭ならば払えるような手術費用だって、彼にとっては数百万もの価値が ある大金だ。


ようやく集めた妻の命を救う金を、こんな人間のクズに渡すものか――そんな強い思いを持って、彼は財布を握りしめる。


しかし、その反抗的な態度が男の逆鱗(げきりん)に触れた。



「だったら殺す気で奪い取ってやるよっ!!」

叫び声と共にヒートアップしていく暴行。


鳩尾だけでなく頭部や急所にも殴打は及び、男性の財布を握る力がついに弱まる。


その隙を見逃さずに覆面の男は財布を奪い取り、中を確認すると満足げに頷いた。



「命より大切なら もっとしっかり守るんだな」


覆面の男はそう吐き捨てると足早にその場を去っていった。




その背中を男性は唇を血が滲む程に噛み締めながら見つめる。


(……こんな……こんなことが……許されていいのか……)

悔し涙を流しながら、男性は握り拳を地面に叩きつけた。