たくとを、まってたのよ。


言葉の意味を理解するまで、僕はしばらく沈黙の時間を要した。


それから、
胸の奥の、みぞおちのあたりがくすぐったくなって。


自分でも知らないうちに
唇のはしが上がっていて。


僕より30センチ低い位置から、

きらきらと桜子の瞳が見上げている。


「……そっかあ」

僕は小さくつぶやいた。

「俺を、待っててくれたんだ……」

「そうだよ」


あなたの帰りを待って起きていたの、と桜子が言った。


……なんだろう。


それは生まれて初めての気持ち。

けれどたぶん、
彼女との生活の中で何度か感じかけていた気持ち。


正体はわからないけれど、
そこに、
確かにあるのは――


こみあげてくる
温かさ。


「ありがとう」

僕は言った。


「どういたしまして」

桜子が嬉しそうにはにかんだ。


僕たちは玄関に突っ立ったまま、恥ずかしさと嬉しさを噛みしめて味わった。


「ほんとに俺が帰ってくるまで一睡もしなかったの?」

「そうだよ。一睡も」

「どうして……?」


上目づかいの桜子の瞳が、にやっと勝ち誇ったように笑う。


「拓人、居間に行こうか」