〔まえがき〕


はじめまして、汐見と申します。

このたびはこの作品を開いていただき、ありがとうございます。


2015年は、第二次世界大戦が終焉を迎えてから70年の節目の年です。

終戦70周年記念ということで、戦争についての小説を書いてみようと思いました。



かつて、私の故郷・鹿児島には、「知覧特攻基地」と呼ばれる陸軍基地がありました。


この基地から出撃した400人以上の若者が、死を覚悟の上で敵軍に突撃して、死んで行ったといいます。



沖縄戦にあたり、日本全国、または台湾の飛行場から出撃して、戦死していった全特攻戦死者は、千余人。


その約半数が、知覧飛行場から飛び立っていったのです。



現在、この知覧という土地には、「知覧特攻平和会館」という資料館が建てられています。


生活用品などの遺物。

特攻隊員たちが家族や友人、恋人に宛てた遺書。

特攻への決意を語った詩歌などの絶筆。

出撃前夜、出撃直前に撮影された、晴れやかな笑顔の写真。

彼らが乗り込み、共に海の藻屑となった戦闘機。


たくさんの展示品から、戦争のやるせなさを感じます。




特攻隊ーーー『特別攻撃隊』。

海軍による神風特別攻撃隊がまず編成され、その後、陸軍が振武隊などの特別攻撃飛行隊を編成しました。


特攻隊に入隊したのは、ほとんどが20歳前後の若者。


彼らは、「お国」のため、「天皇陛下」のため、

重さ250kgの爆弾と、片道分の燃料だけを積んだ戦闘機に乗り、文字通り「死にに」行きました。


「天皇陛下万歳!」

と叫びながら、爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして、若い命を散らしたのです。


戦時中は、彼らのように国のために華々しく戦死すること―――特に若くして戦死することを、称賛と尊敬の意を込めて「散華する」(さんげする)と言っていたそうです。


「若い命の華が散る」。


こんなにも悲しい言葉があるでしょうか?



こんなことを言うと偽善的に聞こえるかも知れませんが、

日本がもう二度と戦争に加担しないこと、世界中の戦争が終わることを、

心から願ってやみません。



※本作品はフィクションです。

実在の人物や施設、歴史的事実などとは無関係なものとしてお楽しみ頂けると幸いです。