「……ところで、拓人」


桜子が思い出したように言った。


「拓人って、名古屋に住んでるんじゃなかったっけ?」

「あ」


そうだ。

僕が東京に住み始めたことを、桜子はもちろん、親戚の誰も知らない。


首をかしげている桜子を見て、僕はプッと吹きだした。


“兄妹”のくせに、互いのことを何も把握していない僕たち。


まあ仕方ない。

なにせ、僕らは49日前に知り合ったばかりなのだから。



「じゃあ、説明するよ。どうして俺が東京に住むはめになったのか」

「けど私、あと2駅で電車降りるんだけど」


僕はチッチッと人差し指を立てる。


「大丈夫。たいしたことない話だから、すぐに終わる」

「……どうせ女がらみでしょ?」

「正解」




電車が2駅分を走る間、

僕らは“女がらみで東京に飛ばされたバカ男”の話に花を咲かせた。


僕は自分の失敗談をおもしろおかしく語り、

桜子はそれに声をあげて笑った。


話は本当にたいしたことがないから、すぐに終わった。


それでも僕らは2駅分、ずっと笑っていたと思う。




――そしてこれが、


どれだけの時間をかけても語りつくせない、

僕のたったひとつの、

恋の始まりだった。