怖いと思う?
今こうやって目の前で会話をしている彼の存在が。

(答えは、否、だ)




「………きっと、あの男と出会った時、あの女性は今の君と同じことを思ったんだろうね」

「……………」



「人喰いだって会話をする。笑ったりするし、オムライスだって食べたくなる」




そうやって生活して、人社会に溶け込み、この地を生きる。

何一つ変わらないのだ、人を喰べてしまうこと以外。




「何かに悲しんだり執着したりだってするのさ。だって生きてるからね。人と同じ。
――――――おかしいと思う?俺たちみたいな連中がそうやって生きているのが」


失笑して、彼は私の手に触れた。
私は動けなかった。彼の言葉が頭を巡っていた。

そうしている間にも、紺さんは私の手を撫でて手のひらを確かめるように握りしめてくる。





「ねえ、君の名前を教えてよ、人間さん」


「………、」


「俺は君という人間と繋がりたいみたいなんだ」



びっくりして、でも、どこか嬉しいような。
何とも言えない感情が私の胸の内を徘徊して私は口を開いていた。無意識に。




「な……ち、」


「なち?」


「那智、です」


妙に緊張したが、紺さんは何度も那智、那智ね、と繰り返し人の名前を口にしている。
誰かに名前を名乗るのなんて、いつぶりだろう。



(私がまだ、幸せというやつを信じていた時くらいだろうか)






「よろしく、那智!」



そうしてまた、馬鹿みたいに彼は笑うのだった。