見られた。

 稲葉は見たの? 見たに決まっている。

 だから、私の名前を呼んだんだ。

 風でひるがえったカーテンの中で、舞にキスしようとする私の姿を……稲葉は、見たんだ。

 息が止まりそうになる。

 いろんな感情がない交ぜになって、思考が停止する。

 稲葉に呪いをかけられて石になったみたいに、身動きが取れなくなる。


「愛ちゃん……?」


 そんな私の呪いを解いたのは、舞だった。

 稲葉の声で目を覚ましてしまった舞が身じろいで、眠い目を擦る。

 息が止まりそうになった私は、反射的にカーテンの外に逃げ出していた。

 そのまま舞に気づかれないように、そっと保健室を出た。

 舞にまで見られたかもしれない。

 舞にまで、私がキスしようとしたのを気づかれたかもしれない。

 そう思うと、生きた心地がしなかった。

 この恋を、舞に知られるわけにはいかない。

 だって、だって……!

 廊下を走りながら、涙をぬぐう。

 全てが寝ぼけた舞の見た夢だったらよかったのに。

 せめて、舞がそう思ってくれればいい。

 そう思った。

 愛ちゃん、と私を呼んだ舞の声が頭に響く。

 私の名前は篠塚愛子で、戸籍上も生物学上も完璧に女。

 それはもちろん三笠舞も同じ。

 女の子が女の子に恋をするなんて……奈落を覗いた気分だった。

 普通の男の子に恋をすればよかった。

 なのに、よりによって親友の女の子に恋をしてしまった。

 こんな自分に腹が立つ。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 私が舞に恋をしていること。

 それを誰かに知られるわけにはいかなかった。

 それが明るみに出た時、みんなどんな反応をするだろう?

 それを考えると、すくんだ。

 だから、せめて口止めをしなくちゃ。

 見てしまったもののこと、私が抱く恋心のことを、お願いだから誰にも言わないで!